2021年春、兵庫県但馬地域に開学を目指す国際観光芸術専門職大学(仮称・認可申請中)。「観光」と「芸術文化」という2つの領域におけるプロフェッショナルの育成を目指し、新しく実験的な教育を展開する。
カリキュラムの目玉の1つが、国際的なアートフェスティバルでの実習プログラムだ。そのフィールドは、兵庫県但馬地域で開催される「豊岡演劇祭」、富山県の「利賀フェスティバ ル」、鳥取県の「鳥の演劇祭」。プロジェクトを通して、学生たちの企画力やマネジメントス キルなどを育てていく。
今回は、この新しい学びのスタイルについて、国際観光芸術専門職大学(仮称・認可申請中) の学長候補である平田オリザ氏と、実習先の1つである豊岡演劇祭の実行委員会にコアメンバーとして関わる3名に話を聞いた。
●地域課題解決のプラットフォームとなる「豊岡演劇祭」
「演劇祭の最大の目的は、優れた芸術文化に触れてもらうこと。この豊岡演劇祭の場合は、その中でも特に演劇やダンス、オペラなどの舞台芸術で最先端の作品を紹介していきます。また、観光振興やまちづくりと連動して行なうところも特徴です」
そう語るのは、豊岡演劇祭のフェスティバルディレクターであり、国際観光芸術専門職大学(仮称・認可申請中)の学長候補でもある平田オリザ氏だ。世界的に活躍する劇作家・演 出家である平田氏は、2019 年に豊岡市に移住。舞台芸術を核とした教育とまちづくりの旗振り役を務めている。
近年、但馬地域は芸術を軸として観光振興に取り組んできた。その中でも、新しい専門職大学の誕生と国際的な演劇祭の開催は、過疎や高齢化が進む地域を大きく変える柱となると期待されている。単にイベント時に大勢の人を集めるということだけではなく、それをきっかけに交通網や地域システムの整備なども進めていく予定だ。
豊岡演劇祭実行委員会の事務局長であり、豊岡市役所大交流課の谷口雄彦氏も「豊岡市としてはこの演劇祭を、単なる‟演劇好きが集まる演劇フェス“ではなくて、‟地域課題を解決するためのプラットフォーム”と位置付けています」と話す。 「たとえば交通の課題だったり、ゴミだったり、エネルギーだったり、そういった地域課題の解決策を探る実験場としていく。演劇祭で試してみて成功したものは地域に実装する。あるいは、他の都市にも展開していく。そんなふうに、‟人を幸せにするスマートコミュニティ“を演劇祭を通じて作っていきたいですね。そして豊岡が地域課題解決の先進地域になって引っ張っていけたらと思っています」(谷口氏)
●地域の景色を一変させた、プレイベント
2019年9月にはプレ企画として第0回豊岡演劇祭を開催した。チケットの売れ行きは好調で、来場者は想定の1.3倍にも上った。半数近くが兵庫県外からの来場者であり、開催期間中は大きな賑わいが生まれた。
また、協賛企業の協力のもと、地域の周遊を促すための様々な施策が行なわれた。たとえば、来場者は全員 KDDI によるリストバンド型の電子チケットを装着。専用端末にタッチするだけで入場可能となるので、待ち時間を軽減できるだけでなく、入場ログデータも取得できる。
会場間の移動には、路線バスのほか、トヨタの超小型電気自動車「コムス」なども活躍した。さらに、市内に設置したサイネージやWebサイト上で、走行しているバスの位置情報をリアルタイムで表示。「次のバスがいつ来るのか」を把握しやすく、スムーズな移動を促進した。こうした最新の技術やデバイスは来場者の注目を大いに集め、地域の未来に対する新しい可能性を感じさせるものだった。
豊岡演劇祭のプロデューサーを務める河村竜也氏も、プレイベントでのこうした取り組みを非常にポジティブなものと受け止めている。
「イベントの規模が大きく、会場間が離れているので移動がネックになるんですね。でも私たちはこれをネガティブに考えるのではなく、チャンスと捉えました。不便さをむしろ逆手にとって、新しいことはできないか。そうやって考えていくと、もしかしたら将来的には、地域における移動の問題や、高齢者の方の免許返納問題などにも結びつくかもしれない。ポジティブに考えて、いろいろな試みをしていくことで何かにつながっていくと思います」 (河村氏)
●大学で学んだすべての知識や経験を演劇祭で生かす
国際観光芸術専門職大学(仮称・認可申請中)の学生は、「芸術文化観光プロジェクト実習(仮称)」という授業の一環として、豊岡演劇祭の運営に携わる。たとえば、1年次は劇場や宿泊施設の担当、誘導係などの中から、希望するセクションで一通りの業務を体験。2年次以降はツアーの企画や移動手段などの計画、海外からのゲストのアテンドなど、学生の興味や目標に応じて、より深く、より専門的に関わっていく。
「たとえば3年生・4年生になったら、自分たちで交渉して空き店舗などのスペースを借りて、公演や展示の企画を立て、運営して、収益を上げる。そのぐらいまでできるようになっ てほしいと思っています。そのための知識や情報やネットワークは教員が提供します」(平田氏)
メイン会場の1つ、城崎国際アートセンターの館長・田口幹也氏は、実習の受け入れ先として、学生をバックアップする立場となる。田口氏は、演劇祭での実習で学生には「積極的 にチャレンジしてほしい」と語る。「実際にお客さんと触れ合う中で多くの学びや喜びが得られると思います。演劇祭やまちづくりには正解もゴールもありません。その中で学生さんにできることは無限にあります。言われたことをやるだけではなく、学生が自分で考えて実践する力が身につく。大学生活4年間を通じてそういう大きなトライをする機会があるということは、社会に出てからも強みになるはずです。ある意味、羨ましいなと感じています」(田口氏)
講義や演習で学んだ知識や経験を駆使して、自治体や企業、地元住民と連携しながら、世界中から集まるゲストをおもてなしする。まさに大学での学びの集大成と言える。
●オンライン時代だからこそ、新しいエンタメや観光を担う人材を
2020年、新型コロナウィルス感染症が世界的に流行し、エンターテインメント業界も観光業界も大きな影響を受けた。多くの劇場が上演中止や延期を余儀なくされ、外食や旅行も以前のように自由に行なうことは難しい。その一方で、動画配信によるコンサートやイベントなど、オンラインでのコミュニケーションは活発化している。
しかし、演劇業界の第一線で活躍してきた平田氏は、今だからこそ、エンタメや観光を学ぶ価値はあると話す。「ライブ配信などは確かに増えています。でもたとえば、新型コロナウィルスの問題が起こる以前から舞台のライブ配信を行なっていた、ニューヨークのメトロポリタン・オペラでアンケートを取ったところ、配信を観た人の多くは『現地に行って、本物を観たくなった』と答えるそうです。配信を観られるから本物は見なくていい、ということではないんです。また、日本の音楽産業も、この20年間でCDの売り上げは激減しましたが、一方でライブやコンサートに行く人は増えてきています。ようするにインターネットの時代になって、誰でも簡単にアクセスできる時代になったからこそ、生で鑑賞することが貴重になってきたんです。ですから舞台芸術でも、観光でも、手間ひまをかけて準備し、生で接客するということの価値がどんどん高まっています」(平田氏)
今は観光や舞台芸術の世界にとっては、厳しい状況ではあるものの、だからこそ、新しい価値を生み出していけるクリエイティブ人材を育てていく、と平田氏は力強く語った。
「新型コロナウィルスの問題が出て、この業界大丈夫かなと不安に思っている学生さんもいると思います。でも必ずこれから回復に向かいます。むしろこの打撃からいかに復興していくか、その復興を担える人材を育成したいと思っています」(平田氏)
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※設置認可申請中のため、掲載内容は変更となることがあります。
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