中国・湖北省の武漢市で最初の感染爆発が始まった新型コロナウイルス「COVID-19」は、いぜんとして世界中で猛威をふるい続けているものの、ニュージーランドや台湾、香港のようにウイルスの封じ込めに成功した国/地域も出始めている。2020年6月現在、日本においても予断を許さない状況ではあるが、3月下旬から4月上旬に見られたような感染者数の急激な増加はなんとか抑えられており、人々の関心は感染拡大を防ぎつつ、いかにして経済活動を回復させていくかに向けられている。
一方で、感染源となった中国ではすでにウイルスの基本的な封じ込めに成功したとして、日本よりもかなり先を行くかたちで経済活動の回復が進んでいる。4月上旬に武漢市の都市封鎖が解除されて以来、多少の揺り戻しはありながらも中国全土で各種の規制が緩和されており、たとえば旅行業界ではすでに主要な観光地の70%以上が再開し、5月上旬の連休には約1億5000万人もの人々が国内旅行に出かけたという。
このように世界に先駆けてコロナ禍の混乱から抜け出しつつある中国だが、その回復を支えた原動力のひとつが、官民一体となって進めてきたビッグデータ解析をはじめとする最新テクノロジの活用である。本稿では、5月下旬に日本テラデータが報道関係者向けに行った説明会「中国での新型コロナ初期パンデミック時における、状況把握/抑制のためのデータアナリティクス活用について」で紹介された内容をもとに、広大な国土と膨大な人口を抱える中国が、自国を発生源とするパンデミックを効果的に封じ込めるためにビッグデータをどのように活用してきたのか、その軌跡を追ってみたい。
新型コロナウイルス対策で大きく5分野のAI/ビッグデータ分析活用
中国で最初の新型コロナウイルスの患者が報告されたのは2019年12月、武漢市に住む57歳の女性が第1号の患者とされている。以後、ウイルスは武漢市から中国全土へ、そして世界へと爆発的に拡大していくことになるのだが、中国政府は流行初期の時点からデータ分析を抑制対策に使う姿勢を示している。2020年1月20日には大手通信会社によるビッグデータ分析チームが立ち上がり、政府へのデータ提供が開始、さらに2月3日の新型肺炎対策会議において、中国政府がAIやビッグデータ分析を感染収束や事業再開に向けて活用していくことを正式に決定している。
中国政府が決定した、新型コロナウイルス対策におけるAI/ビッグデータ分析の活用分野は大きく以下の5つとなる。
・AIによる医療診断支援 … 病理診断/DNA解析/ワクチン開発のためのAIプラットフォーム構築
・AIによる業務支援 … コールセンターなど対人業務の自動化推進
・感染状況把握および政策支援 … 地方政府における疾病予防管理プラットフォームの早急な立ち上げ(感染予想のAIモデルが実装されており、ダッシュボードで管理)
・事業再開支援 … 事業再開にともなう人口移動の分析や、感染抑制と事業/営業再開の両立のための政策決定支援など
・感染予防および感染追跡 … スマートフォンによる健康確認/行動追跡/出入管理(健康コードなど)、濃厚接触者確認、SMSを利用した情報提供、ビッグデータによる疫学的追跡など
この中でもとくに注目すべき“BtoC”な(市民が直接触れる)ツールが、感染の有無を色付きのQRコードで表示する「健康コード」である。新型コロナウイルス対策におけるビッグデータ活用が中央政府によって正式に決定されて以来、中国では感染予防や事業再開支援に向けてさまざまなタイプのQRコードや追跡ツールが提供されてきたが、健康コードはその象徴ともいえるスマホアプリだ。
ユーザ(住民)はAlipayやWeChat Payなどの決済サービスを通じて自身のスマートフォンにアプリをインストールし、指紋認証で本人確認を行い、その後、いくつかの質問(過去14日以内に高リスク地域に立ち入ったか、感染者/濃厚接触者か、発熱など体調不良はあるか、など)に回答する。アプリは回答内容をバックエンドに紐づけられている各種データベースに照合し分析を実施、ユーザの健康状態を危険度(感染リスク)の高さに応じて「赤/黄/緑」(高/中/低)のいずれかの健康コードに分類する。
この健康コードが使われる場所は、オフィスや店舗、公共施設、観光地などだ。ユーザはそれらに入場する際、スマートフォンに表示された自身の健康コードを機械に読み取らせる(または守衛に提示する)。緑の場合は問題なく施設に入れるが、赤や黄色のユーザは規定により隔離、または健康チェックを受けることになる。健康コードは2月上旬に浙江省杭州市で最初に提供が開始されたが、現在では200以上の地方政府がこれを利用しており、中国全土でひろく普及している。