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新型コロナ対策で中国政府が駆使したビッグデータ分析を日本テラデータが解説

「健康コード」はデータドリブン政策の証、中国の新型コロナ対策

2020年06月09日 07時00分更新

文● 五味明子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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感染拡大の早期段階からビッグデータ分析やAIの活用姿勢を示せた理由

 健康コードの信頼性を支えているのはバックエンドで稼働する各種データベースである。先にも挙げたように、中国では健康コードのほかにも行動追跡コードや出入管理コードなどが普及しており、これらのアプリが収集した電信データ(位置情報)に加え、公衆衛生データ、公共交通機関データ、政府保有データなども集約し、質問の回答をそれぞれのデータベースに問い合わせてAIで分析し、コードを算出する。

 一見、シンプルな仕組みだが、そのプラットフォームは一朝一夕にできたものではない。日本テラデータ インダストリーコンサルティング 金融サービス シニアコンサルタント 中山思遠氏は「中国政府は2015年に“ビッグデータ発展のための行動を促進する綱要”を発表して以来、政府のデータを外部(民間)に公開し、共有するという政策を積極的に打ち出しており、さまざまなデータプラットフォームがすでに存在する。新型コロナ対策においても新たなプラットフォーム(通信データプラットフォーム、公共交通プラットフォームなど)が立ち上がっており、感染予防政策の効率化を促進している」と説明する。

中国政府は2015年から国の政策としてビッグデータの活用促進を進めており、民間や地方政府と協力しながらさまざまなプラットフォームを構築し、統合的に分析する基盤が整っている。新型コロナウイルス対策においてもいくつかのプラットフォームがスケールするかたちで立ち上がり、感染拡大の抑制に大きな効果を上げた

 つまり、すでにビッグデータ活用の基盤が官民の協力によって構築されてきた経緯があり、新型コロナ対策にあわせていくつかのプラットフォームをスケールすることで、より広い範囲のデータを効率的かつ高い精度で分析することが可能になっているのだ。スマートフォン画面に表示されるそれぞれの色のQRコードには、中国政府によるここ数年来のビッグデータへの取り組みが集約されているのである。

 また、日本では正確な情報が伝えられることが少ない中国のプライバシー保護について、中山氏は「中国ではサイバーセキュリティ法、民法、刑法により個人情報が保護されることになっているが、(健康コードなど)新型コロナ対策で活用されるテクノロジは別途、特別な通知によりさらなる保護が加えられている」と語る。具体的には次のような扱いが定められており、とくに政府以外の第三者機関がコードを取得/保管することがないように細心の注意が払われているという。

・健康コードの生成に利用されたデータは一定時間経つと消去(北京市では24時間後)
・収集されるデータは感染症予防に関係するもので最小限に限定
・各種データは利用者が自身で記入し、コード提供主体(地方政府)がデータ保有者(公共交通機関、衛生局、ECサイトなど)に対して「記入の真実性」を確認する方式でデータを収集
 (※たとえば公共交通機関に対し「このユーザは○月×日にどこに行ったのか」ではなく「このユーザは『○月×日に△△に行った』と記入しているが本当か」と問い合わせる形式)
・コード類は感染予防に必要な一時的措置として認識しており、感染流行が収束した時点で廃止される方向で議論中
・コードの生成結果やデータに問題があった場合は異議申し立てが可能
・収集したデータはコードを提供する政府機関のみが保存し、第三者は保管不可
・個人情報利用に関するポリシーの提示および利用者からの同意が必要

 なお、健康コードなどの追跡ツールは当然ながらユーザが任意でインストールする仕組みであり、政府からの強制ではない。しかしながら現在では、一般的な施設や観光地では健康コードの提示が必須となっており、提示を拒否すればその場所に入れないことがほとんどだ。中国では施設や建物内で感染者が出るとその施設の管理者が責任を問われるため、行政以上に施設/建物側が健康コードの提示を強く求める傾向にある。もちろん、施設側には入場者のデータが蓄積されないようになっているという。

 もっとも、プライバシーが配慮されているとはいえ、健康コードに代表される中国のコンタクトトレーシング(接触者追跡)はID/電話番号による本人特定が前提の手法であり、中央政府がその情報を管理する。一方、日本や欧州で導入が検討されているコンタクトトレーシングはスマートフォンのBlutooth機能を利用した近接履歴をベースにしており、位置情報の記録はもちろん、個人の特定はいっさいできず、匿名の陽性者と近接したという通知が届くのみだ。したがって中国に比べて実効性が低くなることは否めない。「プライバシー」と「感染拡大抑止」のトレードオフは難しい問題であり、どちらを優先して施策を実行するかに国ごとの姿勢が強くあらわれる。

コンタクトトレーシング(接触者追跡)の必要性と、日本で検討されているコンタクトトレーシング(接触確認アプリ)の手法

感染追跡や感染予想だけでなく、企業の営業再開にもデータ分析を活用

 米Teradataの中国チームおよび日本法人を含めたグローバルのチームは、新型コロナ発生以前から中国のユーザに同社のアナリティクスソリューションを提供してきた背景があるが、今回のコロナ禍においてはおもに通信データの分析を中心に、以下の3つの分野で貢献を果たしたとしている。

・感染追跡 … 通信企業による行動追跡コードのデータ分析基盤を提供し、データ分析も担当。一定期間内の行動範囲紹介の確認を可能にするデータモデルの開発や、BIプラットフォームによるデータ収集/管理、行動追跡アプリの結果修正要求に迅速に応える技術開発などを提供。対象者の移動経路の分析や地域の感染状況に応じたコードのスキャンルルールの最適化分析を実施し、99%以上の正確さで対象を捕捉
・感染予想 … 中央政府および地方政府の感染予防政策や状況判断を支援するためのデータ分析を提供。通信データを利用して高リスク地域や感染者/濃厚接触者の移動状況を分析し、公共交通機関のデータも活用し、感染経路シミュレーションや感染力が一定の範囲を超える人口密度を算出、「通常時の60%以下に人口密度を保てば感染リスクが減る」ことを発見
・営業再開 … 企業の営業再開のために感染リスルクなどのデータ分析を政府や企業に提供。「旧正月の休暇明けに居住地に戻らない従業員の発見」「企業の伝染病予防と管理の要件を満たす、感染リスクの低い従業員の発見」「求職者と企業のマッチング」などのサービスをごく限られた期間内で開発/構築し、複数の顧客企業に提供

 分析対象となった通信データの量は1日あたり20テラバイトで、同社のアナリティクス基盤ソフトウェア「Teradata Vantage」がコアソリューションとなっている。新型コロナウイルス対策にはさまざまなタイプのデータが必要になるが、Vantageは多種多様なデータを柔軟かつ迅速に分析できる基盤として評価が高いことが採用の大きな決め手になったという。また、2月1日からは24時間体制で中央政府のためにデータ分析や統計に関するコンサルティングサービスを提供し、「大量のデータを瞬時に分析し、不断にインサイトを提供することで、社会と人々の健康を守ることに貢献してきた」(中山氏)としている。

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 新型コロナウイルスの発生源として中国を批判する声は世界中から出ているが、すくなくとも武漢市を封鎖してからの中国の動きはきわめて迅速であり、データから導き出されたさまざまなインサイトを的確に対策に活かしてきたことがうかがえる。データドリブンなアプローチはパンデミックに対しても大きな効果を発揮する。そしてこの成功体験が、中国をよりいっそう強力な“データ国家”へと成長させていくのは間違いないだろう。

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