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COVID-19トレーシングアプリを開発するOSSプロジェクト「Covid-19 Radar Japan」

感染者のプライバシーを守りながら濃厚接触をスマホで検知する新型コロナ対応アプリプロジェクト

2020年04月24日 16時00分更新

文● ASCII

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 いまだ収束の兆しが見えない新型コロナウィルスの感染拡大。今、世界各地のエンジニアが、感染拡大を食い止めるITソリューションの開発に乗り出している。

 感染拡大を抑えるために有効とされるソリューションの1つに、スマートフォンを使ってCOVID-19感染者との濃厚接触を検出し、行動変容を促すコンタクトトレーシングシステムがある。現在は、感染が判明した患者の記憶を頼りに濃厚接触者を特定しているが、正確な行動履歴は把握しきれず、また不特定多数の接触者には連絡手段がないのが問題だった。感染者が多い地域では、患者にインタビューする保健機関のスタッフの負担も大きくなる。

 この問題を解決するために、シンガポールの政府技術庁(GovTech)と保健省(MOH)はコンタクトトレーシングアプリ「TraceTogether」を3月20日にリリースした。このアプリは、スマートフォン端末間のBluetooth信号を使って、アプリがインストールされているユーザー同士の接近を各々の端末内に記録する。自身の感染が判明した際にはデータを保険機関に提出し、保険機関から濃厚接触者に連絡してもらうシステムだ。提供開始から1ヵ月で、TraceTogetherアプリのユーザー数はシンガポールの人口の20%にあたる110万人に拡大している。

シンガポールの人口の20%が利用するCOVID-19コンタクトトレーシングアプリ「TraceTogether」

 シンガポールでのリリースを皮切りに、世界各地で同様のアプリを開発するためのプロジェクトが立ち上がった。4月10日には、AppleとGoogleが、世界中の政府と保健機関のCOVID-19コンタクトトレーシングを支援するための技術提携を発表(Google Japan Blog)。公衆衛生機関向けに、Bluetooth Low Energy(BLE)を用いた濃厚接触者の検出・追跡をiOS端末とAndroid端末で相互運用できるようにするAPIを5月中にリリースする予定だ。また、今後数ヵ月かけて、同機能をOSに組み込み、より広範な濃厚接触を検出するプラットフォームを実現するとしている。

 日本国内でも、いくつかのCOVID-19コンタクトトレーシングアプリ開発プロジェクトが進行している。その1つ、有志エンジニアによるオープンソースプロジェクト「Covid-19 Radar Japan」のメンバーに、開発中のアプリについて話を聞いた。

OSSで開発、後に政府と連携

Q1:Covid-19 Radar Japanはどのようなプロジェクトですか?

A1:
廣瀬一海氏(個人開発者):
個人情報を極力とらないCOVID-19コンタクトトレーシングアプリを開発するプロジェクトです。もともとは、私が個人で私費を投じて開発していました。3月下旬に、そのコードをオープンソースとして公開したのがプロジェクトの始まりです。今は、国内外130人ほどの有志がボランタリーで開発に参加してくれています。

Covid-19 Radar Japanプロジェクト

 コードを公開した背景ですが、当時、シンガポールのアプリはコードが公開されておらず、オープンソースにする計画も発表されていませんでした。COVID-19の感染拡大が世界的な大問題になっている中で、シンガポールと同様のコンタクトトレーシングの仕組みを世界各地で取り入れるために私のコードを役立ててほしいと考え、ある程度アプリが形になった段階でオープンソース化しました。エンジニアリソースやコンピューティングリソースが限られている地域や国家でも実装しやすいように、ライトな設計にこだわっています。

 また、このプロジェクトのアプリは、日本以外の欧州や他国におけるユーザーのプライバシー保護のために個人情報を極力取得しないことを開発の軸にしています。でも、本当に個人情報を取っていないかどうかは、コードを公開して第三者が検証可能な状態にしないとわかりません。個人の医療情報を扱うアプリの透明性を担保するためにも、オープンソース化は必要だと考えました。

安田クリスチーナ氏(MyData Japan理事、Covid-19 Radar Japanプロジェクトのコアメンバー):日本国内でCovid-19 Radar Japanアプリを展開するために、現在、このプロジェクトは日本政府と話し合いながら進められています。コード公開当初、廣瀬さんは日本でアプリを使ってもらうことは考えていなかったそうですが、私個人には、このプロジェクトを通じて政府のデジタル化を支援したいという思いがありました。

 今回の世界的なCOVID-19の感染拡大で、日本の政府機関が、諸外国に比べても早急にデジタル化する必要性があることが露呈しました。欧米諸国よりもウイルスの上陸が早かったにも関わらず、感染拡大抑制のためのIT活用は遅れをとっています。ここを、シビックテックやオープンソースコミュニティがサポートしたかった。緊急事態で政府の手が回らないときこそ、我々のようなオープンソースプロジェクトとの協同を検討してもらいたく、政府にプレゼンテーションする機会を得て連携が実現しました。

 実際問題として、iOSとAndroidのアプリストアは、COVID-19関連アプリに関しては、政府や公衆衛生機関が開発したものしか公開しない方針を打ち出しています。国内でスマートフォンにアプリを配布するため、政府との連携が大前提になります。

Q2:開発中のCovid-19 Radar Japanはどのようなアプリですか?

A2:
安田氏:
スマートフォン端末間のBluetooth通信で、アプリをインストールしたユーザー同士の接近を記録し、自分と濃厚接触したユーザーがCOVID-19陽性になった際にアプリから通知が届くシステムです。iOSとAndroidで相互運用できます。ユーザーの個人情報を極力使わずにこのシステムを実現しました。

Covid-19 Radar Japanアプリの起動からスタートまでの画面

使うのはアプリ起動時にサーバーから割り振るIDのみ

Q3:どのような仕組みで、個人情報を使わずにコンタクトトレーシングを行なうのでしょうか?

A3:
廣瀬氏:
アプリの初回起動時に、サーバー側から各端末へユーザー識別子を割り当てます。ユーザー識別子はサーバーが生成したIDで、個人端末のIDは利用しません。接触の記録に使う情報はこのユーザー識別子だけ。ユーザーはアプリをインストールしてBluetoothをオンにするだけで利用を開始できます。

アプリ起動時にサーバーが生成したユーザー識別子を割り当て

 アプリをインストールしたユーザー同士が接近すると、スマートフォンのBeaconがBLE(Bluetooth Low Energy)を用いて相手の端末にユーザー識別子を送信し、各自の端末ローカルに相手と接近した時間と距離を記録します。

 iOSとAndroid間でもBLE通信できるよう、Androidアプリ側にiBeacon(iOS端末のBeacon仕様)を送受信するためのソフトウェアを組み込みました。AppleとGoogleが4月10日に開発計画を発表したBLE互換運用のためのAPIが公開されたら、こちらを取り入れていく予定です。

 アプリからは、濃厚接触したユーザーの一覧を確認できます。今は、2m以内の距離に過去2週間の累計で30分以上滞在したユーザーを濃厚接触者と設定しています。ただし、濃厚接触者の誰が陽性者なのかはアプリには表示されず、サーバー側で管理します。

Beaconでお互いのユーザー識別子を送信し接近した距離、時間を端末ローカルに記録

安田氏:自分が保健所で陽性と判断された場合のフローは政府からのガイドラインで策定されると聞いていますが、個人認証も兼ねてアプリに電話番号を登録してもらい、積極的疫学調査のために保健所ですでに収集している電話番号と突合して、陽性と判断されてしまった本人とその濃厚接触者にアプリから通知がいく仕組みなどが現実的ではないかと思っています。誰が陽性になったかはユーザーには知らされません。

 本来は、ユーザーに電話番号を入力してもらうことは避けたく、陽性と診断した保健所や医療機関からアプリに陽性登録をするための確認コードを発行してもらうフローも検討していました。しかし政府には、非常事態下でオペレーションが逼迫している医療機関に確認コードを知らせる作業負担をかけたくないという思いもあるので、前述の電話番号を突合するフローが日本には合っているのかもしれません。このような現場との連携があるので、このアプリはApple/Googleがグローバルで一律に実現できるものではなく、各国で調整していく必要性があると思います。

 登録された電話番号はアプリのサーバーでは保持せず、直接、連携する保健所のシステムなどに情報提供する予定です。

陽性登録をするとサーバー上のステータスが陽性になり、濃厚接触者へ通知がいく

陽性者のプライバシー保護が感染拡大を防ぐ

安田氏:陽性者、濃厚接触者の個人情報保護を徹底することこそが、COVID-19の感染拡大防止に有効だと考えます。自分の生活へのリスクが大きすぎて、感染の可能性を周りに知らせることができず、結果、二次感染、三次感染を招いているケースもあると思います。陽性になってもプライバシーを保ちながら自分の周りの人を守れるバランス感覚を日本の民意や状況に応じて探っていくべきです。

 このプロジェクトがプライバシー保護を開発の軸に置いているのは、第一に、陽性者になった際に安心して周りの人々を守るための行動をとってほしいからです。さらに、プライバシーへの信頼でユーザーが増えれば、より多くの人を守ることができます。

 また、濃厚接触者になったことを突然知らされたユーザーへのケアも、このアプリの重要な役割です。3密行動を避けるなど他者への感染を防ぐためのアクション、医療崩壊を招かないためのアクション、体調が変化したときの連絡先などについて情報提供します。

Q4:今、プロジェクトはどこまで進んでいますか?

A4:
廣瀬氏:
すでにアプリは動作する状態になっており、現在はスマートフォンを複数台所持しているテスターに使ってもらって検証している段階です(テスターへの応募はコチラ)。

 アプリはほぼ出来上がっているので、リリースした後に市民に安心して使ってもらえるように、協賛賛同企業を募集しています。国内での展開に協力いただける方はぜひご連絡ください。(COVID19Radar お問い合わせフォーム)。

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