新型コロナウイルスで変わる医療現場をクラウドはどのように支援するのか?
拡がるヘルスケア領域でのAWS活用 本格化するオンライン診療を支える
2020年05月22日 14時30分更新
2020年5月21日、アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWS)は、ヘルステック領域における取り組みについて、オンラインで説明を行なった。ヘルスケアを担う医療機関や研究機関、企業、公共機関をクラウドサービスで支え、新型コロナウイルスの影響で国内でも需要が高まってきたオンライン診療でも事例が現れているという。
幅広いヘルスケア分野で利用が増えるAWS
登壇したアマゾン ウェブ サービス ジャパン インダストリー事業開発部シニア事業開発マネージャー(ヘルスケア・ライフサイエンス)の佐近康隆氏は、「AWSは、ヘルスケアに関わる企業、スタートアップ企業、公共機関をサポートしている。国内の大手製薬企業ではAWSを利用することが当たり前となっており、製薬分野にサービスを提供する企業も、研究開発やマーケティング、営業のほか、デジタルヘルスにおいてもAWSを活用しはじめている」とアピールする。
活用しているのは研究機関や医療機関だけでない。保険者などの医療インフラを支援する事業者、健康医療機器メーカー、治療用アプリケーション、ヘルスケアデータ連携基盤などを開発する事業者、医師同士の連携や遠隔医療支援事業を行う企業、電子カルテやオンライン診療などに関わる情報インフラの提供事業者、介護施設向け情報共有基盤の構築、予防医療や健康経営の支援を行う事業者などにもAWSは広く利用されているという。
具体的な事例として、理化学研究所生命医科学研究センターでは、大規模なゲノム解析を行う基盤としてAWSを採用。ウェルビーでは、個人の健康情報を管理するとともに、医療機関との連携基盤をAWS上に構築。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するために、企業の従業員や医療従事者の日々の体調を観察するための情報共有ツールも提供しているという。また、アンターでは、医師のやり取りに活用できるツールを提供し、当直の医師が非専門領域に対応するための連携支援を行なっているという。
さらに、京都プロメドでは、「クラウド読影システム」を、2020年4月からAWS環境に再構築。リモート読影室による遠隔画像診断などが可能になることを紹介した。「送られてきた画像を複数の医師で多角的に診断し、必要に応じて1時間程度の短時間で戻すといった緊急対応も行っている」という。ここではアルムの医療従事者向けコミュニケーションアプリ「Join」と連携。タブレットやスマホを使って、いつでもどこでも、安全な環境で、 医用画像の共有を行ない、医師同士がコミュニケーションを行いながら診断することを可能にしている。
「在宅で読影する医師が特別なシステムを導入することなく、京都プロメドのサービスを活用。Joinでは、院内の医療画像管理システムと連携し、セキュアなシステムのなかで医療画像を共有できる。新型コロナウイルス感染症では、胸部CTの画像診断が重要であり、診断精度の向上と読影医の感染リスク抑止にもつながる」(佐近氏)
京都プロメドでは、将来的には、AWS環境上に構築した他のシステムとの連携も計画。地域医療連携やオンライン診療、画像連携や保管業務などに活用していく考えだ。
オンライン診療を強靭な医療インフラとして利用できるように
今回の会見では、新型コロナウイルス感染症対策のひとつとして注目を集めるオンライン診療におけるサービスを提供するMICINの取り組みについても説明した。
同社では、オンライン診療サービス「クロン(curon)」を開発。予約から問診、受診、請求/決裁、処方箋の受け取りまでを、スマホを使って完結することができる。すでに3500施設以上の医療機関に導入しており、この分野ではリーディング企業になっているという。
かつては医療従事者でもあった同社の原聖吾代表取締役CEOは、「クロンを導入する医療機関は、この2カ月で倍近くなり、新規患者の登録数は1月に比べて10倍に増加。医療機関のアクティブ数は約4倍になっている。オンライン診療は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、大きく進化を遂げている」とする。
オンライン診療は、2015年8月から遠隔医療が広く解禁され、2018年4月には、診療報酬の改定により、初めてオンライン診療料が導入されたものの、対象の疾患が限定されたり、一定期間の対面での診断が必要であったりといった制約条件があり、それほど広がってはいないのが実態だった。だが、2020年2月以降、新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、対象疾患の拡大や、初診でのオンライン診療の容認、診療報酬上の追加的な評価が実施されるなど、オンライン診療を行なえる環境が一気に整ってきた。
「新型コロナウイルスの感染拡大によって、疾患を持っている患者が医療機関での受診を不安に感じて来院を控える傾向が高まったこと、医療機関側も発熱した患者の診療にはリスクがあるといったこともあり、オンライン診療を活用する動きが広がっている」(原氏)
こうした新型コロナウイルスの感染拡大とオンライン診療の広がりによる環境変化で、ニーズが急増したクロンの利用拡大においても、AWSがしっかりと下支えをしたという。
「AWSは、豊富なマネージドサービスを活用でき、限られたエンジニアリングリソースしか持たないスタートアップ企業でも、必要な機能を容易に実現できる。また、新型コロナウイルスの感染拡大にあわせて、新たな機能をリリースしたが、ECSやRDS、Lambda、S3などを使い、新サービスを迅速に立ち上げることができた。そして、短期間でユーザーが急速に増える今回のような環境下においても、アーキテクチャーを変更することなくスケールできた」(原氏)
2020年4月からは、新型コロナウイルス感染症によって中断している医薬品の開発にオンライン診療を活用するサービスを新たに提供。「医薬品の開発が中断したり、遅れたりといった状況が世界中で生まれている。臨床試験は、患者が医療機関に行き、治験に参加することになっていたが、リモートでも治験に参加できるような仕組みを提供している」という。
さらに、5月21日付で、薬局向けの専用サービス「curonお薬サポート」を新たに発表。「オンライン診療の緩和に伴って実施されている服薬指導のオンライン化にあわせて、決済機能の提供による代金未回収リスクの削減、手間がかかる医薬品の配送手配の塞源などを行うことができる。さらに、ビデオ通話を使ったオンライン服薬指導の提供も行う」という。
「オンライン診療は、医療従事者や患者にとって、感染症予防の観点から、『見えないマスク』という役割を果たすともいえる。オンライン診療がどんな場所やどんな使い方が最適なのかといったことを、エビデンスをもとに検証し、コロナ終息後のオンライン診療の新たな利用形成にも寄与したい。オンライン診療を強靭な医療インフラとして利用できるようにしたい」(原氏)
ヘルステック領域でのAWSの5つのポイント
AWSでは、新型コロナウイルス感染症への支援策として、90社の医療機関向けソリューションをカタログとして、スタートアップ支援チームが提供する「AWS Startup Healthcare Response」や、研究機関向けの支援として、診断ソリューションの開発に取り組む企業に2000万ドルを初期投資する「AWS Diagnostic Development Initiative (AWS診断開発イニシアチブ) 」を実施。さらに、Amazonでは、グローバルで5億円規模のデバイスを寄贈するプロジェクトを実施。日本の医療機関では、京都大学医学部附属病院や国立がん研究センター東病院、東京都済生会中央病院などに、Fire 7タブレットを寄贈し、新型コロナの入院患者が家族とコミュニケーションを取るための手段として活用しているという。
一方、AWSジャパンの佐近康隆氏は、ヘルステック領域におけるAWS活用のメリットとして、5つのポイントをあげた。
1つめが、インフラ調達に関わる「低コスト」である。
「AWSは、初期投資が不要であり、利用に応じた課金制となっている。AWSがユーザーに代わって、大規模な投資を行い、規模のメリットを享受できるため、インフラを所有するよりも低コストで利用できる。また、AWSは、長期的に渡る顧客との良好な関係を築くことを目的としており、効率が改善した部分値下げとして還元する。これまでに累計80回以上の値下げを実施してきた」(佐近氏)
2つめが「新しい取り組みの加速」だ。従来のITシステムは、ビジネスプランを策定し、稟議を通し、納品にも時間がかかっていたが、AWSでは、これらの作業が不要で、数クリックで調達でき、インフラ調達の俊敏性や弾力性の強みを強調する。
「スケールアップが容易にできるのも特徴。大規模な並列処理を可能にしているため、それを活用した時間の短縮も可能になる。1台を10時間利用するのも、10台を1時間利用するのも費用は同じ。並列利用することで、アイデアを実現する時間を大幅に加速できる。こうした活用ができるため、医療分野の研究機関での利用も増加している。製薬のシミュレーションでは、30日かかっていたものが1日で終わるといった例もある」(佐近氏)
3つめは、「運用負荷の軽減」である。オンプレミス環境では、重要度が高くない業務にリソースが割かれていたが、AWSが提供する統合された豊富なマネージドサービスを活用することで、ITインフラの運用管理を軽減。優先度が高い業務に注力することができるようになり、手が付けられなかった業務に取り組めるようになるとした。
「クラウドといったときに、レンタルサーバーのような運用を想定する人が依然として多い。だが、AWSは、サーバーの存在を意識しないサーバーレス技術で構築されている。医療分野においては、オンライン診療サービスの広がりとともに、モバイルやIoTを利用するといったことが行われ、その結果、需要予測が難しいという課題を抱える。AWSの特徴であるサーバーレス技術を活用して、こうした需要の変化にも柔軟に対応し、運用コストの効率化が可能になるとともに、アプリケーションのロジック開発に注力できる。サービスの需要が急増しても、それに手を取られることがなく、新たなサービスの開発に注力できる」(佐近氏)
ここでは、オムロンヘルスケアが、同社のウェアラブル血圧計「HeartGuide」において、顧客の測定データをセキュアに管理するために、サーバーレスアーキテクチャーを全面的に採用。各国のコンプライアンス対応にした保管、運用を実現していることを紹介した。
また、ヘルスケアデータを相互に交換するための次世代標準である「HL7 FHIR」に対応。ベストプラクティスに基づいて、FHIRインターフェースをサーバーレスで構築する方法を公開していることにも言及。「電子カルテシステムに構築においても、規模感の見積もりや可用性の設計などが不要で、実際の処理負荷に応じて自動で拡張、縮退できる」(佐近氏)とした。
4つめは、「最先端で幅広いAI/MLサービス」だ。現在、数万件のユーザーがAWSのAI/MLサービスを利用しているが、「AWSでは、ほぼすべてのアプリケシーションにAI/MLサービスが活用されるようになると考えており、その点ではまだ初期段階だといえる。この1年でも様々なAI/MLサービスを提供している」と説明。具体的な利用例として、GEヘルスケアのケースを紹介した。同社では、データの院内保存のコスト削減とディザスタリカバリ強化を図るクラウド型医用画像外部保管サービス「医知の蔵」、画像やレポートの転送、共有化により、地域における病病連携、病診連携を加速する「Centricity 360」、機器や装置から抽出した膨大なデータから機械学習によって結果を導き出す「Edison」などにおいて、AWSを活用しているとした。
そして最後のポイントが、「高いセキュリティを確保」である。
「クラウドセキュリティは、AWSにおいて最優先事項である。セキュリティの観点から、テクノロジーやプロセスにも継続的に投資する一方、国内外のセキュリティと統制の要求が厳しい企業のニーズ に応えてきたサービスを、そのまま多くの企業が利用できるようにしている」としたほか、「日本においては、厚生労働省、経済産業省、 総務省の3省が定めた医療情報ガイドラインに対応するため、AWS環境上での対応の考え方や関連するAWSの情報を、整理検討し、作成した参照文書を、『医療情報システム向けAWS利用リファレンス』として、キャノンITソリューションズ、DXC テクノロジー・ジャパン、NEC、日立システムズ、フィラーシステムズの5社が公開している」と述べた。
同社では、医療情報ガイドラインの最新版への対応を概説するセッションを、今年7月に開催する予定も明らかにした。
なお、AWSに関する最新の状況についても言及。現在、世界24のリージョン、76のアベイラビリティーゾーンからサービスを提供。200以上の国と地域で、毎月数100万のユーザーが利用し、日本では数10万ユーザーが利用しているという。AWSのクラウドサービスは2006年から開始しているが、東京リージョンは、2011年に開設している。2020年4月下旬には、アフリカ大陸初となるケープタウンリージョンを開設。5月上旬にはイタリア初となるミラノリージョンを開設したという。