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中の人が語るさくらインターネット 第18回

さくらインターネット研究所が量子コンピューティングを研究する意義、そして将来性

「技術進化と併走しながら考える」さくらと量子コンピューターの未来

2020年04月20日 08時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp 写真● 曽根田元

提供: さくらインターネット

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「解きたい問題が解ける」の視点でアニーリングマシンを評価検証する

 これらのうち、鶴田氏や菊地氏が手始めに研究に取り組んでいるのが、アニーリングマシンである。

菊地氏

 「おそらく10年後には、量子ゲート方式とアニーリングマシン方式の両方が研究対象になるだろうと考えています。ただし現段階では、量子ゲート方式のほうはまだまだ発展途上。そこでまず、実用化段階にあるアニーリングマシンから研究を始めています」(菊地氏)

 ひとくちに“アニーリングマシンの研究”と言っても、その研究対象は幅広い。鶴田氏は、量子コンピューティング技術そのものの研究開発に取り組む各メーカーと立場が異なるさくらとしては、技術や手法を問わず「解きたい問題が解ける」ことを重要視していると語る。

 そのために、メーカー各社が開発するさまざまな方式のアニーリングマシンを比較検証するのも研究課題のひとつだ。鶴田氏は「アニーリングマシンに対するわれわれの評価軸は、『スピード』と『解の特性』です」と説明する。

 まず「スピード」は、量子コンピューティングを実用化するうえで不可欠の要素だ。

 そもそも組合せ最適化問題では、ときには数百億とおり、数千億とおりにも及ぶ組み合わせの中から「良い組み合わせ」を見つけ出す計算処理を行う。これを効率的に計算できるのがアニーリングマシンだが、必ずしも「最も良い組み合わせ」、すなわち最適解を見つけ出すことが目的になるわけではない。現実のユースケースにおいては、解を出すまでのスピードも求められるからだ。

 たとえば毎日数回、配送トラックの効率的な経路を計算するアニーリングマシンを例に考えると、数時間かけて最適解が出てくるものよりも、数分で「ほどほど良い解」が出てくるもののほうが実用的だろう。

 「時間をかけてでも『1番目に良い』100点満点の最適解が必要だという用途もあれば、『500番目、1000番目に良い』解、つまり80点や90点の解でも構わないから、実用的な時間内で答えが欲しいという用途もあります」(鶴田氏)

 もうひとつの「解の特性」とは、アルゴリズムによって異なる「解の偏り」を評価/理解し、それに適した用途が何かを判断できるようにすることだ。

 「この偏りのことを『解の分布特性』と呼ぶのですが、同じくらい良い解が等確率で出るアルゴリズムもあれば、偏った確率で出るアルゴリズムもあります。これはどちらが優れているという話ではなく、それぞれの特性を理解したうえで、それに合った適用先を選べるようにすることが大切です」(鶴田氏)

 解に偏りがあるアルゴリズムが適したユースケースの一例として、菊地氏は「職場の勤務シフト編成」を挙げた。多人数のシフト編成も組合せ最適化問題のひとつだが、現実の世界ではシフトを編成した後に、スタッフが急病で休むようなことも起きる。この場合、なるべくほかのスタッフの勤務予定には影響の少ない、「少しだけ違う」シフトに変更できるのが望ましい。このとき、解に偏りがあるアルゴリズムを使っていれば、元の解(シフト=組み合わせ)に近しい解が得られやすいというわけだ。

 「ただしこうした偏りは、実はアルゴリズムではなくコンピューターハードウェアの個体差によっても生じうるのではないかという議論もあります。もしそうだとすると、ますます話がややこしくなるのですが……(笑)。アニーリングマシンの信頼性はまだこうしたレベルなので、さらに研究を進めていく必要があります。それでも、古典コンピューターに解きにくい問題が解けるというポテンシャルは間違いなくありますから、期待は大きいですね」(菊地氏)

ベンダーフリーの立場で取り組み、フェアに評価をしていく

 前述したとおり、さくらインターネット研究所では「解きたい問題が解ける」という実用性を第一義として、量子コンピューティング・アニーリングマシンの研究を進めてきた。かなり具体的なユースケースを前提とした検証評価に進んだものもある。

 たとえば2018年10月には、日立製作所が開発した「CMOSアニーリングマシン」の評価を開始し、さくらと日立が共同で開催したユーザー向けワークショップでその研究成果を公開した。ここには金融、保険、小売、旅行、物流、倉庫など幅広い業界のユーザーが参加し、注目度の高さが感じられたという。

 さらに2019年夏頃からは、日立が新たに開発した「モメンタム・アニーリング」の評価検証にも着手している。モメンタム・アニーリングの大きな特徴は、GPU環境で稼働するソフトウェア版のアニーリングマシンであることだ。菊地氏は、さくらが提供する「高火力コンピューティング」環境を使い、現実のユースケースに近い条件下で検証を行った。その結果、特性や計算結果の面で「かなり使い物になるのではないか」という総合評価を下している。

 「ハードウェア実装されたアニーリングマシンのほうが高速なのですが、一方でハードウェアには量子ビット数やビット同士の結合方式に制約があり、一回の計算で解ける問題の規模(組み合わせられる要素の数)が限定されます。一方で、モメンタム・アニーリングのようなソフトウェア実装の場合は、GPUを拡張することで大規模な問題にも対応できますから、そうした制約を感じることがほとんどありません」(菊地氏)

 そもそも小規模な組合せ最適化問題であれば、古典コンピューターが総当たりで解いてもあまり時間がかからない。アニーリングマシンで解くべき大規模な問題を扱いやすいという点で、「ソフトウェア実装は現実的な問題サイズにマッチ(適合)しやすいと言えます」と鶴田氏は説明する。

「高火力コンピューティング」環境でモメンタム・アニーリングの評価検証を実施した(菊地氏講演資料より)

 もちろん、日立以外のメーカーが開発を進めるアニーリングマシン、量子コンピューティング技術も積極的に研究対象とし、評価していくスタンスだ。前述したとおり、量子コンピューティング技術には各社それぞれの特徴があり、適合するユースケースもそれぞれ異なるからだ。

 「さくらの強みはベンダーフリーであること。いろいろなメーカーや方式を試し、それぞれの特性を比較して『この方式ならばこの用途に向いている』といった評価をしていきます。われわれはフェアに比較できる立場ですので、そこはフェアに見ていきたいと思います」(菊地氏)

 また現実世界の問題を解くためには、アニーリングマシンだけでなく古典コンピューターの力も必要である。「その意味で、さくらが既存の(古典コンピューターの)インフラもすでに持っていて、両者を組み合わせたシステムがすぐに提案できることもマイナスにはならないはずです」と菊地氏は語る。

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