6Ωのスピーカーは日本から始まった?
── 真空管アンプの話をしましたが、KX-3 Spiritは、10万円程度の一般的なアンプでも非常にいい音が出る気がします。鳴らしやすさは隠れた魅力ではないでしょうか? 最近では4Ω程度と低いインピーダンスの製品が多い中、6Ωに抑えている利点では?
渡邉 ここは先ほどの“不運な出だし”が関係しているかもしれませんね。当時のトランジスターアンプは低パワーでした。真空管アンプはマッチングトランスなので、多少インピーダンスが低くても問題ないのですが、インピーダンスを4Ωに下げると、パワートランジスターに電流が流れ過ぎて、保護回路がバッカバッカと働いてしまいます。結果、回路の担当者から「4Ωのスピーカーなんて作らないでよ」って話が出てくるわけです。
しかし、開発競争の観点では、インピーダンスが低い方がパワーを出しやすくなります。当時は8Ωのスピーカーが主流でしたが、8Ωと4Ωでは出力は約2倍でます。そうすると「インピーダンスを下げたい」とスピーカー技術者さんは思います。しかしアンプ技術者さんは「そんなの絶対ダメ」って反対する。
苦肉の策として、ビクターは6Ωを選びました。それを私が最初に手掛けたのです。電子機械工業会(EIAJ)にも提案して認められ、いまでは当たり前のように6Ωの規格があるわけですが、これは日本特有のものじゃないでしょうか。
── いまではJBLのスピーカーにも6Ωの機種があります。海外でも昔から使われていたのだと思っていました。
渡邉 海外スピーカーで6Ωが採用されたのはこれより後の話です。JBLやアルテックは、ウェスタンの流れを汲んでいるから、8Ωステップです。最初は16Ωで8Ωになった。その下なら4Ωです。だから、6Ωで行こうと言い出す人は普通いないと思います。私は「これじゃないと勝てない」ということで、6Ωのスピーカーを作っちゃったんですね。そしてそれが、業界でも認めてもらえるようになった、という流れです。
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渡邉さんのお話を聞くと、1970年代~1990年前後にかけて、日本のオーディオ界は様々な試行錯誤を重ね、技術的にも世界の最先端を走っていたことが分かる。記事では割愛したが、日本ビクター時代の最後期に渡邉さんが手掛けた「SX-1000 LABORATOY」では、結晶質ダイヤをアルミナの振動板の上にコーティングした、直径60mmのスコーカーと、1インチのツィーターをいち早く採用していた。これは現在のダイヤモンドツィーターの技術にも連なるものだ。
時代の流れの中で、これらのいくつかは残り、いくつかは消えて行ったが、その精神はKX-3 Spiritの中に脈々と受け継がれている。その努力はクリプトン時代にも、ハイレゾ時代を先取りしながら着実に積み重ねられ、特徴あるラインアップを形成するに至った。KX-3 Spiritはそんな伝統的なノウハウと現代的な性能が同居した魅力あふれるサウンドを聞かせてくれる。高級ブックシェルフでおすすめの1台は何かと聞かれたら、間違いなく候補に入れたい製品だ。