スポーツへの支援の形は、大企業による広告宣伝だけではなく、スポーツというコンテンツを素材とし、あらゆるビジネスに活用する「スポンサーシップ 3.0」へと移行しつつある。スポーツビジネスを発展させるには、まずスポーツへの投資効果をデータ化し、ビジネスに活用しやすいプラットフォームを整えることが必要だ。これには、スタートアップとのコラボレーションがカギになる。前回に引き続き、デロイト トーマツのスポーツビジネスグループ里崎氏のインタビューをお届けする。
「スポーツのスポンサー活動は付加価値で利益を拡大できる(前編)」(関連記事)
スポンサー権を実ビジネスに直結させる「スポンサーシップ3.0」へ
日本のスポーツビジネスは、20年以上、スポンサーシップの価値を把握しないままにきてしまった。コンテンツホルダーであるスポーツ界とスポンサーの企業側のどちらもその価値がわかっておらず、双方の意識を変えていく必要がある。里崎氏は、新しい課題解決中心型のスポンサーシップを「スポンサーシップ 3.0」とし、スポンサーシップの価値とその活用方法についての情報発信を続けている。
まずは、ビジネスサイドがスポンサー権の可能性に気付き、新しい価値を創出できるかどうかが大きなポイントになる。そこで、スポーツとビジネスの可能性をより多くの人に知ってもらうため、Jリーグの全クラブを対象としたビジネスマネジメントをランキングする「Jリーグ マネジメントカップ(JMC)」を2014年から毎年発行している。この6月には、バスケットボール版「Bリーグ マネジメントカップ(BMC)」をリリースしたところだ。
「Bリーグ マネジメントカップ(BMC)」(関連リンク、PDF)
https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/c-and-ip/sb/jp-sb-b-league-management-cup-2018.pdf
「スポンサーシップ3.0」が従来の広告露出型と大きく異なるのは、スポーツというコンテンツを実ビジネスに結び付けて利活用できる点にある。スポーツビジネスでは、スポーツに投資をしたものが、周りのマーケットに大きく派生し、既存のマーケットの中に、付加価値として新しいビジネスの領域が生み出される。例えば、クラブのホームスタジアムが建設されると、多くの観戦者が集まることで、周辺の交通、ホテル、飲食店なども潤う。こうしたスポーツによって生まれるさまざまな周辺価値と、企業の抱える経営課題とうまく結び付けることがポイントだ。
ところが、既存のマーケットの規模が大きくなったとしても、その要因がわからなければ、スポーツへの投資効果によるものかどうかわかりにくい。ここがスポーツビジネスの難しさでもある。周辺市場の拡大がスポンサー権の活用によるものだという関連性をきちんと説明できることが重要だ。
「まずは、スポーツに投資したことによって新しく生まれた付加価値との因果関係をデータ化し、わかる人を増やしていくことが必要。それが、スポーツコンテンツをうまく利活用するための近道になるのではないか、と考えています」
ITを活用すれば、誰が何のきっかけで商品を購入したのか、といったデータが安価に取れる。大事なのは、プロジェクトの最初の段階から仮説を立てて、データを収集し、検証すること。このプロセスを繰り返していくことで、今までは説明できなかった因果関係が見えてくる。
まずは、企業がその目線を持って取り組むことが必要だ。デロイト トーマツのスポーツビジネスグループでは、スポーツビジネスにトライしたい企業向けに、仮説の立案、データの収集、検証方法などのサポートを実施している。
スポンサー権をどのように活用するかによって、企業側の担当部署も変えていく必要がありそうだ。日本では、伝統的に広報部か、あるいは企業内スポーツから発展したケースでは、人事部がスポーツビジネス管轄していることが多い。しかし、ヨーロッパでは、経営企画部や経営戦略部の部署がスポーツビジネスを担当するのが一般的だ。
「スポーツのコンテンツを実際のビジネスに活用するには、広報部や人事部では難しい。企業の持つ経営課題、あるいは地域の社会課題とうまくつなぎ合わせられる部署がカウンターパートになるべきです。企業の組織によって異なりますが、経営企画部などが該当するでしょう。あるいは、CSV(Creating Shared Value)のような社会的価値を生み出す活動をしている部署とコラボレーションすると、双方にとってメリットが大きいのではないでしょうか」
クラブや団体側からも、自分たちの持つ資産を活用するアイデアをいくつか提案できるようになれば、企業側はどの部署が担当すべきかを判断しやすく、コラボレーションはよりスムーズに進めやすくなるだろう。
スポーツのハブ機能が海外展開のパスポートに
スポンサー権をうまく活用した事例としては、国内ではプロ野球が参考になりそうだ。ソフトバンク、楽天、DeNAといった新規参入のオーナーは、プロ野球というコンテンツをうまくビジネスにつなげている。
例えば、ソフトバンクでは、スマホを活用したスタジアム内での特別映像の配信、独自のトレーニング用アプリ開発、契約者向けの試合動画配信の割引など、本業の通信サービスと掛け合わせた価値を提供することで、新たな契約者を獲得している。
楽天の場合は、プラットフォームにより多くのユーザーを集めることが経営課題だ。球団やスタジアムを持つことで、試合を見に来た観客が自然とユーザーになってくれる。
DeNAは、横浜への地域貢献というブランディングに活用。地域活性化のためにスポーツをテーマにした施設「THE BAYS」を開設し、横浜自体のブランディングにも貢献している。結果、チームのユニフォームにDeNAのロゴがなく、直接的に広告宣伝をしていないにも関わらず、企業イメージと認知度は抜群に高くなった。
スタートアップにとって、スポンサードするもうひとつのメリットは、スポーツのもつハブ機能だ。スポーツは、ビジネスをマッチングするためのプラットフォームとして、利活用しやすい。例えば、同じスポーツチームのファンであれば、世代や性別の異なる初対面の相手ともすぐに打ち解けられたりする。同様に、同じスポーツクラブのオーナー同士であれば、会社の規模や分野が違っていても、同じ立ち位置で会話ができる。クラブオーナーやスポンサーになることは、ビジネスパスポートを持っているようなもの。同じクラブのスポンサー同志であれば、ネットワークはすぐにつながる。
「Jリーグはアジアの中では非常に成功したリーグで、アジア諸国から見ると魅力的。そのクラブのオーナーやスポンサーという立場でアジアに進出すると、すごくリスペクトされます。一方で、アジアのクラブのオーナーは、財閥など地域の有力者であることが多く、スポンサーという立場と、そうでない場合とでは、その先のビジネスの発展の仕方が大きく変わります」
例えば、日本のスタートアップがアジアの大きな財閥のトップと商談したくても、正面からはなかなか会ってはもらえないが、その財閥がオーナーをしているクラブにスポンサードしていれば、VIP向けの現地観戦の場などで、トップと会うチャンスが得られる。
何度も担当者と会い、徐々に信頼関係を積み上げていくには、度重なる渡航費や接待費などの費用もばかにならない。スポンサーシップを活かせば、こうしたコストが抑えられ、現地企業とアライアンスを組むチャンスができる。ワールドワイドに広がっているスポーツをうまく使えば、海外展開はしやすくなるだろう。
タイ代表のチャナティップ選手が所属するコンサドーレ札幌のスポンサーになれば、タイでの事業進出は非常にやりやすくなるかもしれない。チャナティップ選手のインスタグラムは200万人超のフォロワーがいる。その写真の中に、さりげなく自社製品が映り込むようにすれば、実需につながる。
販路を拡大したい中小企業やスタートアップは、クラブのスポンサーになることで社会的信用が得られ、ビジネスチャンスを掴みやすくなる。スポーツというコンテンツをどのように戦略的に使っていくか、という発想で見られる人が増えていけば、もっとスポーツビジネスのマーケットは広がっていくだろう。