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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情第521回

会社の規模が驚くほど拡大したHP 業界に多大な影響を与えた現存メーカー

2019年07月29日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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HP-85の派生型を次々と投入

 このHP-85、後にHP-85Aという名称に変更になっているのは、派生型がどんどん作られた関係もあるだろう。まず1980年中には、このHP-85Aを現場向けにラックマウント構造としたHP-9115Aがリリースされている。

HP-9115A。CRTは省かれている。左の窓は顧客が自由にラベルなどを張り付け可能なスペースとしてあけられていた

 HP-9115AはHP-85Aとバイナリーコンパチブルで、キーボードとモニターを内蔵しないという違いはあるものの、HP-85A用に作られたプログラムはそのまま動作するので、HP-85Aをベースとしたシステムの納入には便利であった。

 ちなみにこれはHP自身の例ではないが、YouTubeにHP-9115B(HP-9115Aの後継)にリレーユニットを組み合わせて、クリスマスライトを制御するというデモも上がっている。こういったシステムを簡単に構築できるように、という配慮であったのだろう。

 続いて1981年には、低コスト版としてテープドライブとプリンターを除いたHP-83が2250ドルで発売。1982年には外部モニター(コンポジット出力)利用可能とし、テープドライブもプリンターもない代わりにRAMを64KBに増強したHP-86A(1795ドル)と、9インチの外付けモニターを付属した(ただしプリンターもテープドライブもなく、RAMは32K)HP-87(2495ドル)をリリース。

 1983年にはHP-85Aの構造のまま64KBのRAMを搭載し、さらに拡張ROMを追加したHP-85B(2995ドル)と、HP-86Aの拡張版として128KB RAMとHPIBを搭載したHP-86B(1595ドル)、さらにHP-87の拡張版として同じく128KB RAMとHPIBを搭載したHP-87XM(2995ドル)をリリースする。

 このシリーズ80を手掛けていたのはオレゴンのCorvallis部門であるが、1980年の売上は4000万ドル、翌1981年は9500万ドルにふくれあがる。この1981年11月にCorvallis部門は分割され、新しくPersonal Computer部門が形成され、こちらに80シリーズは移管されることになった(ただし1983年、Personal Computer部門はCorvallis部門と再合併し、Portable Computer部門となる)。

 1983年には通算10万台の80シリーズマシンを出荷、売上は1億ドルに達している。ただシリーズ80はこの後急速に売上を落とし、翌1984年の売上はわずか2000万ドルとなった。

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