HP-85の派生型を次々と投入
このHP-85、後にHP-85Aという名称に変更になっているのは、派生型がどんどん作られた関係もあるだろう。まず1980年中には、このHP-85Aを現場向けにラックマウント構造としたHP-9115Aがリリースされている。
画像の出典は、“Series80.org”
HP-9115AはHP-85Aとバイナリーコンパチブルで、キーボードとモニターを内蔵しないという違いはあるものの、HP-85A用に作られたプログラムはそのまま動作するので、HP-85Aをベースとしたシステムの納入には便利であった。
ちなみにこれはHP自身の例ではないが、YouTubeにHP-9115B(HP-9115Aの後継)にリレーユニットを組み合わせて、クリスマスライトを制御するというデモも上がっている。こういったシステムを簡単に構築できるように、という配慮であったのだろう。
続いて1981年には、低コスト版としてテープドライブとプリンターを除いたHP-83が2250ドルで発売。1982年には外部モニター(コンポジット出力)利用可能とし、テープドライブもプリンターもない代わりにRAMを64KBに増強したHP-86A(1795ドル)と、9インチの外付けモニターを付属した(ただしプリンターもテープドライブもなく、RAMは32K)HP-87(2495ドル)をリリース。
1983年にはHP-85Aの構造のまま64KBのRAMを搭載し、さらに拡張ROMを追加したHP-85B(2995ドル)と、HP-86Aの拡張版として128KB RAMとHPIBを搭載したHP-86B(1595ドル)、さらにHP-87の拡張版として同じく128KB RAMとHPIBを搭載したHP-87XM(2995ドル)をリリースする。
このシリーズ80を手掛けていたのはオレゴンのCorvallis部門であるが、1980年の売上は4000万ドル、翌1981年は9500万ドルにふくれあがる。この1981年11月にCorvallis部門は分割され、新しくPersonal Computer部門が形成され、こちらに80シリーズは移管されることになった(ただし1983年、Personal Computer部門はCorvallis部門と再合併し、Portable Computer部門となる)。
1983年には通算10万台の80シリーズマシンを出荷、売上は1億ドルに達している。ただシリーズ80はこの後急速に売上を落とし、翌1984年の売上はわずか2000万ドルとなった。
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

この連載の記事
-
第876回
PC
このままではメモリーが燃える! HBM4/5世代に向けた電力供給の限界と、Samsungが示すパッケージ協調設計の解 -
第875回
PC
1000A超のAIプロセッサーをどう動かすか? Googleが実践する垂直給電(VPD)の最前線 -
第874回
PC
AIの未来は「電力」で決まる? 巨大GPUを支える裏面給電とパッケージ革命 -
第873回
PC
「銅配線はまだ重要か? 答えはYesだ」 NVIDIA CEOジェンスンが語った2028年ロードマップとNVLink 8の衝撃 -
第872回
PC
NVIDIAのRubin UltraとKyber Rackの深層 プロトタイプから露見した設計刷新とNVLinkの物理的限界 -
第871回
PC
GTC 2026激震! 突如現れたGroq 3と消えたRubin CPX。NVIDIAの推論戦略を激変させたTSMCの逼迫とメモリー高騰 -
第870回
PC
スマホCPUの王者が挑む「脱・裏方」宣言。Arm初の自社販売チップAGI CPUは世界をどう変えるか? -
第869回
PC
半導体プロセスの新たな覇権! インテルのDNNプロセッサーはAMDやMetaを凌駕する配線密度と演算密度 -
第868回
PC
物理IPには真似できない4%の差はどこから生まれるか? RTL実装が解き放つDimensity 9500の真価 -
第867回
PC
計算が速いだけじゃない! 自分で電圧を操って実力を出し切る賢すぎるAIチップ「Spyre」がAI処理を25%も速くする -
第866回
PC
NVIDIAを射程に捉えた韓国の雄rebellionsの怪物AIチップ「REBEL-Quad」 - この連載の一覧へ











