RETISSA Displayは、レーザーを直接人の網膜に投影することで、視力に左右されず、シャープな映像を見られるデバイスだ。目のピント調節機能の影響を受けないため、近視や遠視、乱視、老眼など視力に課題がある人でも矯正なしでクリアな映像を楽しめる。
また、液晶を使ったスマートグラスでは、映像部分を注視すると背景のピントがずれ、逆に背景を見ると映像がぼやけてしまうという問題点があったが、映像と背景が同時にクッキリ見える点も特徴だ。背景の上に映像や情報を組み合わせるARの実現にも適した仕組みとなっている。
RETISSA Displayの一般販売は昨年から始まっており、アスキーストアなどでも受注を受付けている。
また、米国の展示会CESで出会い、技術に関心を持ったという麻倉怜士先生がQDレーザ社を取材。その技術や魅力を深堀した。その取材からちょうど1年が経過したいま、RETISSA DisplayやQDレーザはどんなことに取り組んでいるかを探るのがこの記事だ。オーディオビジュアルの評論家・麻倉怜士先生が、QDレーザ社の菅原社長を直撃する。
医療機器承認に向けた試験が昨秋終了、近く製品化も
麻倉 「私はオーディオ・ビジュアルの評論家として、長年大画面を追究してきましたが、ディスプレーやスクリーンは、常にある距離から眺めるものでした。一方、網膜投影型のRETISSA Displayは、レーザーで網膜に映像を書き込んでいきます。つまり映像が直接目に飛び込んでくるデバイスです。この映像と脳がダイレクトにつながる感覚は、これまでにはないもので、非常に面白いと感じました」
菅原 「お試しいただいたのはいつごろですか?」
麻倉 「ちょうど1年ほど前ですね。米国のCESで知って、ASCIIの取材でも体験できました。その様子は、記事にもなっています。その後、RETISSA Displayの一般販売が始まって、並行して様々な企業とのコラボレーションが進み、新製品の開発も進んでいると聞いています。QDレーザ社の活動にも新しい展開が出ていると思いますので、今日はそのあたりを中心にお伺いしたいと思います」
菅原 「分かりました。すでにご説明していると思いますが、われわれは、RETISSA Displayの技術を医療機器の分野に応用したいと考えています。カメラで撮った映像を直接網膜に書き込み、前眼部に障害がある方でも視力を得られるようにする機器です。
われわれは医療機器の承認を取るための活動を日本、アメリカ、ヨーロッパで続けていますが、昨年10月に、国内での臨床試験がようやく終わりました。メガネで矯正しても視力が0.1以下にしかならないようなロービジョンの方々を対象に、15名ほどにご協力いただき、網膜投影で視力がどこまで改善するかを試験しました。
視力検査に使う表を使って、それを本体の上に付けたカメラで撮影し、網膜に直接投影して、どこまで確認できるかを調べたところ、すべての人が通常の眼鏡を用いたときよりもいい結果でした。その結果を受けて、今年の2月21日、医療機器の製造販売承認申請をPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)に提出しました。現在はその審査が進んでいる状態です。まだ道半ばではありますが、遅くとも年度内には、医療機器としての承認が取れると見込んでいます」
麻倉 「眼鏡を掛けても視力が0.1未満にしかならない。つまりほとんど視力がない方でも、カメラ越しとはいえ、自分の眼で風景を見られるようになったということですね」
菅原 「はい。『円錐角膜』といって、網膜は健在だけれども、前眼部にある角膜が薄く尖ってしまってピントが合わなかったり、極度の乱視になってしまったりする症状があります。また、事故などで水晶体を失ってしまった方もいます。こういった前眼部の障害を持つ人たちでも、網膜が健在であれば、視力を得られる可能性があります。
いま述べたのは日本での取り組みですが、ヨーロッパでは角膜が混濁している人を対象にした試験を続けています。20例が完了し、現在は21例目に取り組んでいる状況ですが、その中に、化学実験の失敗で13歳の時に視力を失った青年がいます。爆発によって両目を焼いてしまい、メガネを掛けても視力は0.02程度しかありません。人の顔も判別できない状況だったのですが、幸い目の一部に黒い部分が残っており、網膜投影によって0.3以上の視力を得ることができました。メガネを掛け、久しぶりに父親の顔を見て『お父さん、しわが増えたね』と話すシーンが、ドイツの地元メディアに取り上げられていました」