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「とりあえずアクセラレータープログラム」で事業を創ることはできない

連載
アスキーエキスパート

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「事業会社型アクセラレータープログラム」の流行とその危険

 VCが主体となって実施している「シードアクセラレータープログラム」は、おもにスタートアップに対し出資とメンタリングによるインキュベーションを提供するプログラムだ。それに対し「事業会社型アクセラレータープログラム」は、主催企業と応募企業がタッグを組んで新規事業・新商品創造などのイノベーションを目指すものを指し、すなわちこれは「プログラム型のオープンイノベーション実践手法」だと言える。

 事業会社型アクセラレータープログラムは、グローバルで見ても多くの企業が取り組んでおり、ディズニーやナイキ、マイクロソフトなどが挙げられる。事業会社が実践するメリットとして、公募で集めたスタートアップが提案してくれる新しいアイデアを取り入れ複数の新規事業を一気に生み出すことができる点は大きい。

 プログラムの活用により、通常のフローでは実現が難しい数の事業創出が可能であり、また、スピードも独自フローを設定することで相当早めることができる。既存のフローに比べ何十倍ものスピードで新たなサービスシーズやプロダクトを世に出すことができるのだ。

 また、何か新たな取り組みを始める際、さまざまな部署との調整が必要な大企業や老舗企業において、外部に門戸を開くことが難しい場合、この「アクセラレータープログラム」を「鎖国における出島」のような位置づけで、切り出すことも非常に有効である。

 ただし、このプログラムこそ闇雲に実施するべきではなく、闇雲に応募すべきでもない危険性が双方にある。

 「事業会社型アクセラレータープログラム」のメリットとデメリットをまとめたのが以下の図だ。

 まず、半年間なりの期間を定めたプロジェクト型の取り組みである「アクセラレータープログラム」は、人的工数・負担がかかる取り組みである。

 一言で「アクセラレータープログラム」と言っても、そのステップは複数にわたる。リソースの洗い出し・ゴール設定、募集ページの作成・募集、選考実施・採択、スタートアップと既存事業部を絡めたインキュベーション、発表の場であるDEMODAYの企画・運営……。

 さらには募集のための説明会の実施や、募集開始のリリース、選考は書類と面接双方なのか、インキュベーションスタートの際のキックオフは実施するかなど、このプロジェクトの工数は大きい。これらを実施するには専任であったとしても、数名は必要であるのが現状だ。

 また、少なからず事務局と共創する既存事業部のカウンターメンバーにはエース級の人材を投下する必要がある。外部との連携では、その場での臨機応変な意思決定や一定の困難に立ち向かう熱量も必要であり、本気で事業創造を考えると業務難易度は高いと言える。

 中長期の視点で考えれば、エース級人材をさらに育成できる機会でもあるが、短期視点でとらえると、リソースを欠くことで既存事業の生産性が損なわれることも考えられる。

 また、経営陣の過度な期待も要注意である。プロジェクト型のこのような取り組みから、すぐに大きな事業の柱が出てくることは構造上考えにくい。半年程度の期間にまず出会うところから始めるプログラムにおいて、即、既存の事業の次なる柱になるようなものが出てくる事例はまず見当たらない。

 さらに大企業では、社内の既存ルートで実行する新規事業に数千万・数億の投資意思決定をしているはずであり、アクセラレータープログラムの過程で生まれる「社内外連合軍の新規事業案」は既存ルートほどの大規模な投資をほぼ受けない一方で、大きな芽となることを暗に期待されている場合がある。

 以上をふまえて、アクセラレータープログラムを行なう際に経営陣が理解すべき特性をまとめると下記のようになる。

●「事業会社型アクセラレータープログラム」の特徴

・提供可能なリソースをあぶり出し、プロジェクトのゴールを決め、期間を定めて企業を募集する。
・数か月で社内のみでは難しい領域において複数のシーズを世に出し、イノベーションの芽を創ることができる。
・ただし単年度の実績で、大きな(たとえば二桁億円を超えるような売上を生む)事業を創ることはできない。
(「単年度」のような短視眼的に売上拡大・事業拡大を求めるのであれば、M&A以外方法はないのだ)

 まさに年度末の現在、アクセラレータープログラムのDEMODAYがほぼ毎日のように実施されている。

 採択された企業によるプレゼンテーション、加えて著名人によるパネルディスカッション。記念撮影。みんながやっているから「悪い」わけではない。そうではなく、皆がやっているからこそ「質」が露呈する。界隈の眼は肥え始めている。今、まさに来年度の計画を練っている企業も多いだろう。

 勇気をもって一年アクセラレータープログラムをストップし、今回採択した企業とのインキュベーションに注力することも一つの選択であるし、今年度の反省を踏まえパワーアップした取組内容とすることもよいだろう。ただ、とりあえず、「今年もやったので」という理由で来年も実施するのはやめるべきだ。

 「とりあえずアクセラレータープログラム」はやめ、より本質的な、つまり、プロジェクトにおける目的とゴールをはっきりさせ、それに経営含め実施企業がコミットしているアクセラレータープログラムの実施を推奨する。

アスキーエキスパート筆者紹介─中村 亜由子(なかむら あゆこ)

著者近影 中村 亜由子

2008年東京学芸大学卒業。同年株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)入社。以来、doda編集部、人材紹介事業部法人営業など、HR転職領域に従事。2015年「eiicon」事業を起案・推進。現在は日本最大級の企業検索・マッチングプラットフォーム「eiicon」を運営するeiicon companyの代表/founderを務める。全国各地の4000社を超えるさまざまな法人(大企業・スタートアップ・中小企業・地方自治体)が登録し、オープンイノベーション実践をアシストするプラットフォーム「eiicon」はオープンイノベーションを実践する企業の活動を紹介するメディアとしても注目されている。著書に、「オープンイノベーション成功の法則」(クロスメディア・パブリッシング 2019)

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