いま頃、PCよりはるかに売れていると予測されていたタブレット
デジタル業界は、「これからどんな製品が出てくるか」は割りと予測できるほうだ。CPUなどコア部品のロードマップやトップへのインタビューなどヒント情報はいろいろとある。ところが、「市場規模」や「シェア」に関する予測は当たらないことが多い。
ここ5年ほどのデジタル業界でいちばん外れたものの1つは「タブレット端末」の市場予測だ。
2007年11月にアマゾンがキンドルを発売。2010年4月にジョブズが「Kindleの肩に乗って」といってiPadを発売した(肩に乗っての意味は「メディアタブレット」という言葉に象徴されるように閲覧に重きがあった=もちろんそれだけではないが)。2013年までに、サムスンのGalaxy TabやグーグルのNexus 7も登場して、タブレットの市場予測はとても明るい見通しが立てられていた。
2011年の米調査会社IDCの予測では、2013年にタブレットが出荷数でPCを上回り、2015年にPCと逆転、2017年の世界のタブレット出荷台数は4億台を超えるとしていた(source)=>実際は、早い時期の予測なのであまり突っ込みたくないが、同じIDCの数字で2017年のタブレットは予測の4億台以上に対して1.6億台の出荷だった。
ガートナーの2011年の予測は、やや控え目だが順調に出荷台数は伸びて2015年に約3億台の出荷となっている(source)=>実際は、PCやタブレットもはこんなふうには伸びなかった。PCの出荷予測は調査会社によってこんなに違っていたんですねぇ。
IC Insightsによる2012 年の予測では、2015年のタブレットの年間出荷数は3億4000万台。ノートPCも継続して伸びるとしており、逆転も2015年まで待たなければならない。タブレットの2010~2015年の平均成長率は82.2%だそうだ(source)=>実際は、この角度は2014年以降カクンと落ちていくことになる。
NPD DisplaySearchの2013年1月のレポートでは、2013年に早くもタブレットがノートPCを逆転と予測。グラフを見ると2017年のPCの3に対してタブレットの出荷数は7以上だ(source)=>実際は、PCの3に対してタブレットは7どころか1.7くらいだった。
2013年のガートナーの発表では、2011年の予測とは少し違って2015年にタブレットとPC市場が逆転。理由はPCの減少で、コチラの記事では発表を元にマイクロソフトは向う4年以内にタブレットで成功しないとまずいと書いている=>実際は、マイクロソフトはWindows RTで失敗したもののSurfaceをはじめ元気にやっている。
2014年のIDCのデータは、タブレットが減速していることを指摘しながらも2015年にPCと逆転、2018年に3億8380万台の出荷と予測している(source)=>実際は、前述のとおりだ(しつこいのでこの辺で)。
ここまであげた予測どおりに市場が推移していたら、2013~2015年にはPCを出荷数で逆転。BYOD(Bring your own device=個人が持ち込んだデバイスで仕事するようになる)なんてこともまことしやかに言われていたとおり、企業内のコンピューティングのスタイルも大きく変わっていたはずである。そしてまた、スターバックスの店内のようすも随分と違って見えていたはずである。
停滞が続くタブレット市場にコンピューターの未来はあるのか?
ところが、フタを開けてみたらどうだったのか? 2011~2013年頃の予想の半分もタブレットは売れていない。
iPadにして2014年から実に13四半期連続で減少が、いまあげた予測のあと延々と続くことになる。Androidタブレットに関しては、昨年6月にはTechCrunchが「Googleがタブレットから撤退」(原文:Google quits selling tablets)というニュースを流した(実際は、グーグルのサイトから「Tablet」のメニューが更新のミスで消えたのを早合点しただけだった)。悲しいのは、このニュースが、業界的に「あらそうなの?」くらいに捉えられてしまったことだ。
一方、とっくにタブレットに逆転されていたはずのPCは、2020年初頭まではWindows 7のサポート終了にともなう買い替え需要で、パソコン市場は順調に推移するものとみられている(某メーカー談)。「PCはそろそろ終わりだ」は、言いたくなるフレーズなのかもしれないが、いまのところ死んでいない。
ちなみに、IDCは、昨年8月に「タブレット市場が引き続き減少」という内容のレポートを出している。2017年のタブレットの世界の総出荷台数は1億6350万台。同社が、2013年に予測した4億680万台という数字とかけ離れた数字だ。2011年から2017年のタブレットの出荷台数推移が次のグラフだ。
そうした中で、「おっ」と思わせたのが2018年11月にアップルが発売したiPad Proである。
アップルの昨秋の新製品としてはiPad miniの発売を予測する声があった。2017年、同社はiPad(第5世代)を発売。これによってiPadはひさびさに対前期比プラスに転じることになる。理由は、価格を3万円台からと抑えたことで、同じような価格帯のAndroidタブレットの市場をとったのだとされる。そこで、手ごろな価格のiPad mini もありうるし、3年ぶりの新製品が期待されていたわけだ。
ところが、発表されたのはiPad Proで、そうした事前の噂をみごとに裏切る内容だった。ホームボタンの廃止に象徴されるデザインや使い勝手もさることながら、コンピューターとしてのポテンシャルが非常に高い。価格も、11インチが8万9800円から、12.9インチは11万1180円から(同社公式ページ)と高くなっているが、白モノ的な低価格路線ではなくて、ピキピキのコンピューターとしてiPhoneと同じ先鋭的なデバイスとしてのiPad Proである。
これと歩調を合わせるように、アドビが、ほぼフル機能・完全版といえる「Photoshop CC for iPad」を今年発売するそうだ。iPad ProのCM映像自体が、すべてiPad Proで撮影・編集されたという映像が公開されて話題になった。iPad Proの公式ページには新しくなってiPadでできることが刷新されたとした上で、小さく「And what a computer is capable of.」(日本では「そして、コンピュータにできることも。」と付けくわえられている。
iPad Proの広告映像はiPad Proで作られた。
これって、アップルとしては凄い英断というかやってくれた感のある製品だと思う。ようやっとプラスに転じた廉価版ではなく攻めてきたのである! 未来のコンピューターは、こっちだよと明確に示してくれているということだ。
ティム・クックCEOといえば、2015年にiPad Proをデビューさせたときに、「早晩、iPadがコンピューターに取ってかわる」とインタビューで答えていた人物である。それを、少し時間がかかったとしても自分の手で形にしようとすることは、すばらしいことではないか!
2020年代にもなって、1980年代序盤に登場したIBM PCやMacintoshの流れをくむコンピューターを我々が使いつづけるのはちょっと異常だと私も思う。グーグルもPixel Slateで、iPad Proと同じように未来の端末をさぐっているようにも見える(正直なところグーグルがどこまで本気なのかがもうひとつ見えないのだが)。
そして、新しいiPad AirとiPad miniが登場した
iPad Proの発売から半年ほどしてほとんど予告もなしに突如としてiPad Air(第3世代)とiPad mini(第5世代)の発売がアナウンスされて驚いた(3月18日) 。iPad Airは4年ぶり、iPad mini は約3年ぶりの登場である。
ところが、内容を見ると新しいはずの2つのiPadは、どちらも本体正面の下に丸いボタンがあり、iPad Pro で採用されたType CではなくいままでどおりのLightning端子である。なんとでも言えると思うが、あまり新しくは見えない。新しいのは、アップルペンシルに対応したことだ。iPad mini は「ミニがこんなに力を持つなんて」(英語ページはMini just got mightier.)というコピー。iPad Airは「みんなにさらなる力を。」(英語ページはPower isn’t just for the pros.)だ。よく考えて作った感じだ。
新iPad Airは、5万4800円からなのでシェア復活に貢献した廉価な無印iPadの上位にあたり、iPad Proとの間を埋めるモデルになる。一方、iPad miniは、4万5800円からなので廉価版のイメージはないようだ。
個人的には、iPad miniは、もう少しキュートなものを待っていた。電卓や三角定規やテレビのリモコンのようにホイホイ使える、机の上に置いてもカバンに入れても邪魔にならないような文具的なスタンダード感のあるモデルが欲しかった。ペンが使えることでもだいぶ世界は変わるのだと思うが、それならデザインでそれを表現してもよいでしょう。
デジタル業界の予測は当たらない。だからようやく機が熟してこれからタブレットの時代が来る可能性もある。「AR」や「AI」や「5G」といった新しいキーワードが、それを実現したら楽しいと思う。そもそも、1.6億台という数字はけして小さなものでもないのだ。
最後に、引用させていただいた調査会社の予測は外れることも折り込みずみで、そうした数値をはじきだす過程で評価される事象をどう見るかにこそ価値があることを念のため付け加えさせていただく(数字だけを見るな=すいません)。ところで、タブレット以上に外れた予測としては、Windows Phoneが発売されたとき、「2015年にWindows PhoneがiPhoneを抜き去る」と米国の有力調査会社が発表したというのがあるらしい。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。アスキー入社前には80年代を代表するサブカル誌の1つ『東京おとなクラブ』を主宰。『カレー語辞典』(誠文堂新光社)に名前で項目が立っているカレー好き。著書に、『近代プログラマの夕』(ホーテンス・S・エンドウ名義、アスキー)、『計算機屋かく戦えり』など。趣味は、神保町から秋葉原にあるもの・香港・台湾、文房具作り。
Twitter:@hortense667Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667
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