2019年2月19日に開催されたアドビシステムズの「デジタルファースト時代に向けて」セミナーでは、米アドビ グローバル政府渉外・公共政策担当バイスプレジデント ジェイス・ジョンソン氏が登壇。米国における行政サービスのデジタル化について紹介するとともに、顧客満足度の低い行政サービスを向上させるには「デジタル体験の向上」が重要だとアピールした。
顧客満足度がもっとも低い国の行政サービス
講演したのは米国上院議員のスタッフを経験し、行政側で市民との対話を長らく続けてきた経験を持つジョンソン氏。2010年のアドビ入社後は、政策立案・提言活動を行なうグローバルチームをリードしている。まず行政サービスのモットーとして挙げたのは、「国民は単なる数字ではなく、実態のある人である」という点だ。「相手は有権者でも、数でもなく、感情のある人間である。だから、すべてのプロセスにおいて、人間味を持って接しなければならない。家族の一員のように伴走しなければならない」とジョンソン氏は語る。
こうしたモットーを実現するために重要なのは、アドビが重視する「体験(Experience)」になる。「よい体験は企業にとっても、政府にとっても重要。コスト削減にも、具体的な成果にもつながる」(ジョンソン氏)。市民の心配事をきちんと共有し、それぞれのプロセスでよい体験を提供し、最後まで完遂しなければ、結局問題は解決せず、コストにも跳ね返るという。行政サービスが優れたデジタル体験を提供するのにあたって重要なのは、市民のニーズを汲むこと。その点、既存の行政サービスはニーズを9割以上把握しているが、実行という点においてはまだ満足な対応ができていないという。
実際、オンラインサービスの顧客満足度を調べると、もっとも高いのがEコマース。下位に地方政府の行政サービスがあり、国の行政サービスの満足度は最下位になっている。「Eコマースは顧客体験がよくなければ、購入に結びつかない。操作も直感的で、私の買い物の傾向も把握している。行政サービスでの手続きがショッピングのようにワクワクするようなものでないにしても、もっと順位は上げられるのではないか」とジョンソン氏は語る。
行政サービスはなぜ市民の期待に応えられないのか? ジョンソン氏は、行政サービスの問題点として、「コンシューマーサービスとの差が大きすぎる」「プロセスに紙が多い」「使われているテクノロジーが古い」「ITスキルが低い」などを挙げる。「デジタル体験を向上させようと思っても、結局予算の8割はバックエンドのシステム更新に使われてしまう」とジョンソン氏は指摘する。
政府側でもこの課題は認識しているようだ。政府に今後1年以内での優先順位を聞くと、「より簡単に使えるように」「市民のニーズを理解する」「プロセスを使いやすく」となっており、方向性は間違っていない。とはいえ、実際は予算や法令的な制約から、ITシステムのモダナイズやコスト削減といった内容に着地してしまうことが多いという。
紙に依存した行政サービスをデジタル化するには?
優れたユーザー体験を作るには、「使いやすく、魅力がある(Compelling)」「個人に最適化されている(Personal)」「有用である(Useful)」「どこでも利用できる(Everywhere)」など、いくつかの要素が必要になる。これに対して、行政サービスはデバイス間で作業を引き継げなかったり、PCメインでスマホでの機能が限られており、可視性も欠けている。
ジョンソン氏は、アメリカ国立衛生研究所(NIH)のWebサイト刷新の事例を説明した。NIHは以前からWebサイトにさまざまな情報を載せているが、ユーザーアクセスを可視化したところ、利用者は健康に関する具体的な情報を求めていることがわかった。たとえば、夏になると皮膚がんについて調べる利用者が増えるが、今までは何度もクリックして、深い階層にまで下りなければ情報に行き着けなかったという。「ユーザーがなにを知りたいかわかれば、情報をトップページに持ってきたり、レンダリングの時間を短縮するための施策も打てる」とジョンソン氏は語る。
こうした行政サービスにおけるデジタル体験向上のため、Creative Cloud、Document Cloud、Experience Cloudの3つのクラウドサービスを擁するアドビは、製品を統合されたプラットフォームで展開している。たとえば、「Adobe Experience Manager」はデータを共通のリポジトリに登録し、デバイスに最適なフォーマットでレンダリングできる。また、Adobe Signは直感的で使いやすい電子サインにより、やりとりをペーパーレスで実現でき、PDFを用いればデータフォーマットを共通することが可能になる。また、ユーザーアクセスを可視化し、AIなどを用いて分析し、Webサイトを最適化する役割は「Adobe Analystics」と「Adobe Target」が担うという。
特にジョンソン氏は「紙に依存した行政サービス」という点を取り上げ、「民間では紙だけでなく、できればデジタルでも対応できるような選択肢もほしいと考えている」と指摘。膨大な入力項目がある書式を示し、「こんなに入力するのであれば、もはや行政サービスの利用はあきらめようと考える」と語る。
そのため、まずは入力をマルチデバイスでできるようにし、本当に必要な情報のみ入力すればよい状態にすべきだという。また、フォームとプロセスは分離しておき、プロセスはバックエンドで開発する。もちろん、ユーザーの行動、使い方はつねに可視化しておき、PDF によってすべての入力を完結できるようにする。フォームのワークフローをデジタル化することで、体験や効率性、コスト減削などさまざまなメリットがあり、紙に比べて約42倍の効率化が見られるという。
アドビはフォームの自動化にも取り組んでいる。同社はすでに何百万もの書式をストックしており、機械学習によって、書式の構造や類似性をつかんでるという。これにより、さまざまなデバイスにおいて最適なフォームを作成し、分析機能や電子署名サ ービスなどとも統合できるという。
世界各国を回り、行政サービスについて関係者とやりとりしてきたジョンソン氏は「どの国の政府もよい体験を国民に提供するのに苦労している」と指摘する。
米国政府は行政でのデジタル体験に関して、過去5年間で「Connected Government Act」「Modernizing Government Technology Act」「President's Cross-Agency Priority Goal」「21st Century Integrated Digital Experience Act(IDEA)」という4つの法制化が実現されている。このうちもっとも新しい21世紀 IDEA法は市民の体験を向上させることを法律で定めたもので、紙を減らし、フォームのデジタル化や電子サインを推進し、Webサイトをモバイルフレンドリーにするのを目的にしている。
直前の平衆議院議員の講演を聴講していたジョンソン氏は、「日本でのデジタルファースト法も、同じようなテーマを掲げている。市民を中心と据えており、マルチデバイス対応、紙の排除(デジタルファースト)、一度の入力(ワンスオンリー)、電子署名など、正しい目的が盛り込まれている」と評価した。その上で、ペーパーレス化を推進したことで500万ドルのコスト、40万もの文書削減の実現したハワイ州、ポータルサイトの体験を統合したテネシー州、税交付を電子化したプロセスやコストを減らしたサンフランシスコ市などのデジタル体験の導入事例を紹介し、未来ではなく、まさに今こそ政府のデジタルトランスフォーメーションにチャレンジすべきと訴えた。