このページの本文へ

渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第47回

【後編】オレンジ代表 井野元英二氏インタビュー

『宝石の国』のヒットは幸運だが、それは技術と訓練と人の出会いの積み重ね

2018年06月03日 12時00分更新

文● 渡辺由美子 編集●村山剛史/アスキー編集部

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

© 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会

人の感情を揺さぶるアニメの演出に出会った

―― では、花形のゲームから、なぜアニメに来られたんですか?

井野元 これは私がマンガ家出身であることと関係があると思うんですが、ゲームムービーは、演出面で満足できなかったんです。技術面では非常に良いものができていても、物語として見るとちょっと違和感があって。当時のゲームCGの使われ方は、かっこいい見せ場を作ることが目的で、登場人物に物語を感じさせる演出ではなかったんですね。

 そんなとき、『ゾイド -ZOIDS-』(1999年)というアニメ作品に関わることになりました。そこでアニメの演出回りを訓練をされている方々と一緒に仕事をすることになって、私自身、非常に満足するところがありました。

―― 『ゾイド -ZOIDS-』は、3DCGを本格的に使用した初のアニメ作品ということで、アニメ業界やファンの間でも話題になりました。井野元さんにとってのアニメ制作の喜びというのは、まず演出のところにあったのですね。

井野元 アニメの演出は、マンガの技法と近いところがありました。マンガにも、人の感情を盛り上げる場面構成やコマ運びなど様々なテクニックがあるのですが、アニメもそうした技術が確立されていました。

 あとは、アニメの現場には、訓練を積んできた腕のある人が、経験を積み重ねることでステップアップしていくようなところがあって、演出家にしても、最初は演出助手から始まって、コンテや演出をやらせてもらえるようになり、「キミの演出回って結構いいよね」と認められた人は助監になって、そこから監督になる……そういった階段があるわけです。

 アニメは訓練を積んできた方が作っていて、ステップアップしていくステージがある。作品というのは相当に苦労して作るものなので、自分自身にとって面白いと思えるものじゃないとやる甲斐がない。自分が共感できる形でものづくりをしていきたいなと思ってアニメに絞りました。お金は正直だいぶ落ちますが、それ以降は、ほとんどアニメしかやっていません。

―― そこからオレンジを設立されたわけですね。

井野元 私がフリーのときに、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』でタチコマの動きを作ったのですが、そこでやっと、見ている方に感情移入してもらえるCGキャラクターが作れたという手応えを感じました。

CGとは思えぬ感情表現豊かなタチコマの動きに魅せられる視聴者も多かった。写真はCerevo「1/8 タチコマ」

―― あのタチコマは、メカなのに、セリフに合わせて動きで感情表現している様がとても楽しかったです。

井野元 そのときに、自分がやりたい方向性が定まってきたのだと思います。これからCGでやっていくのなら、フルCGで、かつ深く感情移入しやすいキャラクターや演出を考えた作品を作っていきたい。この思いは、オレンジを設立して現在に至るまで、ずっとありますね。

―― 先にお伺いした『宝石の国』での「動きの感情表現を作る」というお話ともつながっていますね。

井野元 そうですね。うちは『宝石の国』を作るまではメカものが多くて、人間のキャラクターを作ることは少なかったのですが、今後、うちでやっていく元請けも含めた作品では、作画とは違うアプローチでお客さんにとって感情移入がしやすいキャラクターを作っていけるといいなと考えています。

積み重ねが進歩をもたらす

―― 今回、『宝石の国』では、人型のキャラクターをフルCGで表現されたわけですが、今後も、人間のキャラクターを描いていこうとお考えですか。

井野元 はい。人間のキャラクターも、これまでのアニメにはない形で見せていきたいです。うちがこの15~6年かけてやってきたことを織り込みつつ、さらに押し進めたCG表現で。『宝石の国』は、フルCGに作画的な部分も組み合わせたハイブリッドでしたが、毎回一歩ずつ前進する形で、足していけたらいいなと思います。

 すでに海外では、フルCGでいろんな表現をしています。たとえば『アナと雪の女王』など、女性の髪の毛が一本一本サラサラと流れるような表現は、ヘアーシミュレーションを使って作ることが可能です。日本では今はポリゴンで作られていたりしますけれど、気持ちよく動かすことができれば、映像的にも気持ちの良いものができるんじゃないかと。

 ……でもまだ、時期尚早かもしれません。いきなり切り替えちゃうと、日本のアニメの枠内だと抵抗感が強いのかなと思います。

© 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会

―― 日本のアニメファンが持つ、CGへの抵抗感を、どのように突破しようとお考えでしょうか?

井野元 じつはこの抵抗感というのも、毎年じわじわと変化しているものだと思うんです。

―― 毎年、ですか。

井野元 はい。たとえば今回、『宝石の国』を視聴者の皆さんに受け入れていただいたと。ならば、もうちょっと先に進めるかもしれない。簡単に言うと、視聴者の目が慣れるわけですね。

 髪の毛はまだ早いかもしれませんが、少しずつ慣れてもらうことで、数年後にはいけるような気もします。

 私としては、お客さんに嫌悪される映像というのは、絶対に避けたいんですけれども、『これはいいと思ってもらえるはずだ』と感じる表現は、どんどん足していきたいです。

 それで結果的に『オレンジの作品っていいじゃないか、面白いじゃないかとか』と感じてもらうことが、会社をやっている意味でもあります。

 ……じつは、抵抗感があるのは、視聴者よりも現場の制作陣だというケースもまだあります(笑)

―― そうなんですか。

井野元 ずっと作画のアニメをやって来られた方には、CGの見せ方、工夫、ノウハウがまだ少ないんですね。新しいものを取り入れたい方もいれば、保守的な考え方の人もいる。

 ただ、よく考えると作画のアニメだって新しい表現を追求していった歴史があって、今の手法ができるまでに何十年もかけているわけですよね。たとえば出崎統監督がハーモニー処理をやり始めた当時、それはとても斬新だったから、いろんなクリエイターがそれを真似て、さらに加えたりすることで新しい表現が生み出されていったわけです。

 誰もやらなかったことを誰かがやることで、「これは良いじゃないか!」とだんだん共有されて発展してきたところもありますよね。

―― それも積み重ねなんですね。

井野元 そうだと思います。『宝石の国』に関しては、監督が京極(尚彦)さんだったことが幸いしました。京極監督は、「CGじゃないとできないことをやりたい」という方で、オレンジの、新しい表現を加えていきたいという方向性ととてもマッチしました。非常に幸せな作品だったと思います。

カテゴリートップへ

この連載の記事

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン