プロ向けサウンドカードの老舗
Turtle Beach
Turtle Beachは、会社としてはまだ存続しており、現在はヘッドセットを扱うメーカーになっているが、もともとはプロ向けのサウンド関連製品を扱うメーカーであった。
1985年にRoy Smith氏とRobert Hoke氏の2人が創立したときの社名はTurtle Beach Softworksで、最初のビジネスは音楽用キーボードのシステム開発だった。その後もさまざまなメーカーのキーボード(もちろん鍵盤の方である)とPCをつないでのシステム開発、というか主にソフトウェア開発に勤しんでいた。
そんな同社がサウンドカードの分野に参入したのは1988年のこと。Motorola(現NXP)のDSP56000というDSPチップを搭載したカードを作成し、さらにこのカード上で利用できるオーディオ編集システムとして“56k digital recording system”の開発を行ない、1990年に発売される。もうこれは完全にプロ用のもので、実際レコーディングスタジオとかラジオ局などにかなり売れたそうだ。
この成功に気を良くした同社は、MultiSoundというカードを開発する。これはDSP56001にMC68000、Crystal Semiconductorの18bit DACと16bit ADC、さらにFPGA×2が載った、ちょっとしたお化けカードであり、1991年のCOMDEX/Springで発表された。
画像の出典は、“Retrosoundcards”
サンプリングやシンセサイズなどの処理はほとんどがオンボード上のチップで可能であり、Windows 3.x上からWave Lightという編集ソフトでそれらを制御できた。プロミュージシャンが使うような本格的なDTMに耐えるレベルの製品、と思えばそう高いものではなく、これもそれなりにヒットした。
後にはIBM-PCだけでなく、NeXTCubeに対応したDSPカードも追加され、NeXTStep上で動作する編集ソフトも提供されるようになった。このあたりで、Turtle Beachの名前は「プロ用サウンドカードメーカー」として秋葉原でも聞くようになった程だ。
そのTurtle Beachの方向性が怪しくなったのは1993年である。同年7月、ICS(Integrated Circuit Systems)は株式交換の形でTurtle Beachを買収する。買収金額はおよそ700万ドル相当で、案外にお安い気もするのだが、当時の売上はまだ200万ドル程度、従業員も17人の規模だったため、そう考えると結構な金額なのかもしれない。
ICSは幅広い製品を扱っているベンダー(1ページ目のGUS Classicにも、ICSのWavefront ICが搭載されている)であるが、もう少しPC向けの製品を強化したいという思いがあり、一方Turtle Beachの方もプロ向けではなく、コンシューマー向け製品を増やして売上を伸ばしたいという意向があったようで、その意味では双方のニーズが上手く噛み合ったはずの買収であった。
ICSによる買収後、Turtle BeachはMalibu(Crystal Semiconductor CS4237Bを搭載)、Monte Carlo(同じくCrystal Semiconductorのリファレンスをそのまま流用したSoundBlaster互換カード)、Tropez(OPTi 929にICSのWavefrontを搭載したSamlingベースのサウンドカード)、Montego(Aureal Vortexを搭載)など急速に製品を増やす。
これはどちらかといえばTurtle Beachというブランドを利用して、あまりTurtle Beachらしからぬ製品を売りさばいていた、という感じもなくもない。
それでも買収から2年後の1995年の売上は1500万ドルを超え、従業員も65人に増えるという具合に急成長した。ただこの1995年にSmith氏とHoke氏は退任し、そこから会社の方向性がぶれ始める。
前回の最後にも書いたが、とりあえずCEOとしてPrabhat Jain氏が就任(誰が彼をCEOに推薦したのかは知らないが、当時のICSの経営陣の中に、Jain氏を推す人間がいたのだろう)するものの、やはり思ったほどの相乗効果が出ないと思ったのか、ICSはTurtle Beachを1996年にVoyetra Technologiesに売り飛ばす。
Voyetra Technologiesはシンセサイザーのベンダーで、合併後はVoyetra Turtle Beach(後に再びTurtle Beachに改称)となり、Turtle BeachのサウンドカードにVoyetraのシンセサイザーソフトを付けて販売、というビジネスを行なっていた。
しかし、プロ用はこの頃になると競合がたくさん出てきており、またプロ用の世界に詳しかった創業者がすでにいないこともあってどんどん縮小、一方コンシューマー用はこれもAC97やHDAの普及でどんどんマーケットが縮小とあって、ジリ貧のビジネスになっていた。
その結果、2005年にいきなりゲーミング向けヘッドセットにビジネスを完全に切り替えて現在に至っており、もはやプロ向けサウンドカードの老舗の1つだった面影はどこにも残っていない。
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