さくらの熱量チャレンジ 第8回
クラウドEXPOのさくらインターネットブースで公開取材!
2020年はロボット?さくらの田中社長、小笠原フェローと語る未来戦略
2016年11月14日 07時00分更新
10月26日に開催されたクラウドコンピューティングEXPOのさくらインターネットブースにおいて、さくらインターネットの田中邦裕社長、小笠原治フェロー、アスキーのオオタニが参加したトークセッションが行なわれ、20周年を控えたさくらの過去を振り返りつつ、2020年のさくらインターネットの未来戦略について語り合った。(以下、敬称略)
まもなく20周年!ネットで出会った田中さんと小笠原さん
オオタニ:みなさん、こんにちは。アスキーのオオタニです。ここクラウドコンピューティングEXPOのさくらインターネットブースでは、「2020年を見据え、さくらはどこへ向かうのか?」という大仰なタイトルを冠したセッションをやらせていただきます。まずはもうすぐさくらも20年を迎えるということで、田中さんの感想をお願いします。
田中:なにげにさくらも古い会社で、再来月で創業20年目を迎えます(会場拍手)。感想と言われても、うーん……。毎日が驚きという感じですね。
オオタニ:さくらインターネットは1996年創業で、田中さんが舞鶴高専の在学中に立ち上げたいわば学生ベンチャーですね。
田中:はい。自分のサーバーを学内で運用していたら、先生に怒られたというのが起業の経緯。自分でサーバーを持つと高いので、これをビジネスにしてお金をもらおうと考えたのがきっかけですね。好きな人にとってみれば、オープンソースを入れればすぐにサーバー作れるので難しくない。とはいえ、サンのワークステーションはさすがに高かったので、これをパソコンでやったら安くできるかなくらいの勢いでした。
小笠原:私はサーバーについてメーリングリストでサポート受けていた立場。20年前だけど、田中さんとはネットで出会っているんです。
田中:そうですね。創業1年半後にさくらにジョインし、法人化する際にはいっしょに取締役と株主になってもらいました。
最初は失敗していた石狩データセンター
オオタニ:そして、2005年に東証マザーズに上場。そして、最近の転機としては、やはり2010年の石狩データセンターですね。
田中:はい。当時はデータセンターという言葉もなく、電算センターと呼ばれるところが、郊外にあるだけでした。確かに大手町にもデータセンターはありましたけど、電源やラック数が少なかった。じゃあ、自分たちで作ろうと考えました。
オオタニ:なぜデータセンターを自社で持とうと考えたんですか?
田中:ハウジングがなくなって全部専用サーバーになるというのが当時の仮説。でも、クラウドの台頭で出鼻をくじかれて、最初から失敗しているんです……。
オオタニ:えっ?記事見ている限り、けっこう早い段階で黒字化したイメージがあるんですが。
田中:専用サーバーのために石狩データセンターを作ったんですけど、クラウドだったら集積密度が高いので、わざわざ北海道に置く必要はなかった。実際、専用サーバーが売れなくて、ラックをどうやって埋めるか頭を抱えてましたが、2011年以降さくらのクラウドが伸びて、2015年くらいにようやく帳尻があったんです。6年前は仮想サーバーやクラウドの売り上げはまったくゼロでしたからね。
オオタニ:そういえば、VPSのような仮想マシンのサービスに対しても、当時は否定的だったんですよね。
田中:仮想化に関してもディスり続けてたし、クラウドは来ないんじゃないかと言ってみたり、周回遅れで恥ずかしい人間でした(笑)。
小笠原:今だとサーバーレスが嫌いですよね。
田中:ああ、サーバーレスは嫌いですねえ。
オオタニ:あとでどうなるかわからないので、言わない方がいいですよ(笑)。
クラウド業界の人材のブラックホールが生まれた背景
オオタニ:人材についても教えてください。私は勝手に「クラウド業界の人材のブラックホール」と呼んでいるのですが、ここにいる小笠原さんのほか、最年少執行役員となった江草陽太さん、元ニフティの山口亮介さん、元テコラスの伊勢幸一さん、「歩くコミュニティ」とも言える法林浩之さん、元クリエーションラインの前佛雅人さんなど、次々とさくらに集まっていますよね。この数年で、さくらの人材登用になにか変化があったのですか?
小笠原:変化させたいという意思があったということじゃないですか?
田中:そうですね。私も一時期社長を辞めていた時期がありまして、2007年くらいに社長に復帰したのですが、会社の建て直しは大変でした。2011年くらいからようやく成長するための余力ができました。でも、過去に変な攻め方をしていったん失敗しているので、今度は正しく攻めようということです。
オオタニ:そんな中、当時DMM.makeに携わっていた小笠原さんも戻ってきました。「戻ってきなよー」みたいな話はしてたんですか?
田中:しょっちゅうしてましたよ。いろんな人に「本気かどうかわからない」とよく言われるんですが……。
小笠原:田中さん、冗談っぽく言うんですよ。こっちがその気になったら、入れる状態を作るんで(笑)。何人か、嘘だと思っていた人いると思いますよ。
田中:それで言うと、無理矢理引っ張ってくることはしないですね。相手の会社にも失礼ですし。僕自身、社長を辞めたことがあるように、長く仕事やっているとテンション下がる時期あるじゃないですか。だから、転職を考えたときに迎えられるよう、いつでも来てくださいとラブコールを送り続け、無理矢理は引っ張らないというアプローチです。
オオタニ:なるほどね。さくらって昔から「インフラのデパート」を支える技術力の高い、運用に強い人が多いイメージがありましたが、最近入っている人って、どちらかというと新しい事業をスタートさせられる「攻めの人材」ですよね。
小笠原:僕からすると、守りできる人がいるところに、攻めで入らせてもらうのは、すごく安心ですよね。
田中:よく「作る」「売る」「支える」という3つのキーワードで話すのですが、サービスを作る人も、支える人も、売る人もえらい。どれかが重要なのではなくて、3つとも重要と言い続けてます。
小笠原:一般的には外に出る人が攻めの人材と言われますが、先日別の会社の社長と「運用という仕事も、もっと前に出していいよね」という話をしてました。だから、全部が攻めも守りも持っているという状態にしたい。
オオタニ:今の運用という仕事って、落ちないで当たり前で、誰も褒めてくれない。でも、落ちると責められる仕事ですよね。これをなんとかしたいという話は、田中さんも以前していましたよね。
小笠原:インターネットっていつからベストエフォートじゃなくなったんでしょうねと思います。
田中:「落ちたら怒られる」という時点で理不尽だと思いますが、その中でも落ちないというのは、価値にはなってきますよね。
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