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「Dreamforce 2016」でEinsteinマーケティング担当VPに聞く、AIとCRMと人間の未来

“誰もが使えるAIを”セールスフォース「Einstein」の特徴と戦略

2016年11月08日 07時00分更新

文● 末岡洋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 「AIは15年前のクラウドに匹敵する一大トレンドだ」。そう語るのは、米セールスフォース・ドットコムのEinstein(アインシュタイン)マーケティング担当VP、ジム・サイナイ氏だ。「全員が利用できるデータサイエンティスト」を目指すセールスフォースのAI戦略はどのようなものなのか。10月に開催された同社年次イベント「Dreamforce 2016」でサイナイ氏に聞いた。

米Salesforce.comのEinsteinマーケティング担当バイスプレジデント、ジム・サイナイ(Jim Sinai)氏

「Einstein」はCRMに特化したAI、顧客が使いやすい形で能力を提供する

――まず、セールスフォースでは「AI(人工知能)」をどう定義しているのか。

サイナイ氏:セールスフォースのAIの中核となる技術は、機械学習、ディープラーニング、自然言語処理、予測分析などだ。セールスフォースではこれまで、買収と社内開発によりベストオブブリードの技術を揃えてきた。

 機械学習は社内開発が中心で、リードスコアリング(営業のリードのスコアをつける)などの用途で活用している。個々のリードにおいて、ポジティブ/ネガティブな結果につながったデータポイントは何だったのか、あるいは過去の履歴もふまえた相関関係を見るといったプロセスで使われている。また、電子メールの開封率予測にも機械学習を活用しており、これまでのメールキャンペーンの履歴データに基づく分析を行っている。

 また、ディープラーニングではメタマインド(MetaMind)を買収し、この分野の第一人者であるリチャード・ソーシャー(Richard Socher)氏を獲得した。彼は現在、チーフサイエンティストとして研究開発を率いている。コンピュータビジョン、センチメント分析、説明文なしでのイメージ分類といった技術を持ち、たとえばブランドロゴを識別することなどができる。

 セールスフォースでは、こうしたAI技術をそのまま提供するのではなく、CRMで利用できるものにした。これにより、予測リードスコアリング、マーケティングキャンペーンの最適化、サービススタッフに適切なケースをルーティングするといったことに役立てられる。これがEinsteinだ。

 (Einsteinという名前の由来である科学者の)アルバート・アインシュタイン博士の大きな功績は「複雑なことを簡素化し、分かりやすくしたこと」だ。セールスフォースも、これと同じことをアプリケーションで実現したいと思っている。目標は、Einsteinにより、セールスフォースを世界でもっともスマートな「世界最高のCRM」にしていくことだ。

“誰もが使えるAI(AI for Everyone)”を標榜するEinstein

――具体的に、顧客にはどのようにAIの能力が提供されるのか。

サイナイ氏:すでに「Community Cloud」や「Commerce Cloud」などのサービスでは、一部でEinsteinを用いた機能が利用できるようになっている。たとえば、決済サービスのスクエア(Square)はリードスコアリングを利用している。また、スポーツアパレルのファナティクス(Fanatics)は、メールマーケティングにおける開封率予測で採用した。

 Einsteinベースの新しい機能も発表しており、「Sales Cloud」「Service Cloud」「Marketing Cloud」などもスマートになっていく。既存の機能を改善するためにバンドルされるもの、追加機能としてアドオンで提供されるものがある。顧客がどのサービスを利用するかによるが、おおむねバンドルとアドオンの割合は半々くらいになるだろう。

 AIは、与えるデータによって成長していく。Einsteinでは、自社固有のデータだけを利用する“シングルカスタマーモデル”と、データを匿名化して(他の企業とも)共有する“グローバルモデル”の両方を提供する。顧客はどちらを利用するかを選択できる。

 グローバルモデルはリードスコアリングなど汎用的な目的に適しているが、顧客サービスのような企業固有のものには適していない。多くの顧客がグローバルモデルの利用を考えているようだ。これは10年前には考えられなかったことだ。AIのパワーを認め、そのメリットを最大限に利用したいと考えているのだろう。

――大企業は、すでにデータサイエンティストや専門家を自社で抱えている。あえてEinsteinを使うメリットは何か。

サイナイ氏:企業にいるデータサイエンティストは、自社の中核となるビジネス課題にフォーカスしており、営業やマーケティングにはフォーカスしていない。われわれができることは、顧客体験、営業体験、サービス体験、マーケティング体験など、すべてのビジネスにAIをもたらすこと。これにより、企業のデータサイエンティストはコアビジネスにフォーカスできる。

――セールスフォース社内でもAIを活用しているのか。オラクルなど、競合に対する優位性は。

サイナイ氏:社内でもリードスコアリング、「Chatter」などを通じた社内コミュニケーション、案件管理などに使っており、ここで学んだことを製品に反映していく。

 競合他社がAI技術をプッシュするのは、業界全体にとって良いことだと考えている。われわれは顧客の成功に注力しており、汎用のAIではなく、CRMとSFA向けのAIにフォーカスしている。そこで、アプリケーションのコンテキストで使えるようにプラットフォームに統合した。

 セールスフォースのアプリを使えば、AIが支援する機能が出てくる。いちいち理解しなくても使える“魔法”のようなものだ。自分の業務を助けてくれるから使う、となるように工夫している。コンシューマーはFacebook、Siri、Amazonなどを使うときに、AIを使っているとはいちいち意識していない。便利だから使う。そういう体験をビジネスユーザーに提供したい。ここはオラクルなどとの差別化になる。

企業ERPデータの取り込み、スタンドアロン技術としての提供なども計画

――顧客がAIのメリットを最大化するためには、ERPなど(データソースとなる)他のシステムとの連携が必要だ。

サイナイ氏:業界の方向性として、企業の持つデータがオープンに、簡単に利用できるようになっている。現在、Einsteinはセールスフォース上にあるデータからしか学習しないが、将来はOData(Open Data Protocol)などの標準仕様を採用して、顧客の持つERPデータを取り込む方向を考えている。ODataは、データを実際に(オンプレミスからクラウドへ)動かすことなくデータを“見る”ことができる規格だ。実際、ODataをつかってSAPのERPデータを見ることは現時点で可能だ。

――ERPやバックオフィスとの連携にあたってボトルネックはあるのか?

サイナイ氏:最大の課題は、データサイエンティスト、プロダクトマネジャー、エンジニアの間の協調関係だろう。データサイエンスをやる、機能を組み立てる、と個別に動くのではなく、2つを同時に行う必要がある。

 セールスフォースのAIはアプリケーションのコンテキストで実行している。プロダクトマネジャーがリードスコアリングの仕組みを構築したい、顧客サービスでレコメンデーション機能を構築したい、となったとき、データサイエンティストが支援して構築する。Einsteinはそれを自動化する。

 業界の大きなボトルネックは、企業内にいるこの3者が同じ機能に向かって同時に作業することだと見ている。

――AIによるメリットを最も多く受けられるのは、どの業界だと見ているのか。

サイナイ氏:すべての業界がメリットを受けることができると考えているが、すべての業界でAIに対するニーズは異なる。たとえば製造業では、IoTでマシンがいつ支障が起きるのかを予測分析するなどサービス関連に使いたい。だが金融財務では、同じ機能を使って、顧客にいつライフイベントが起こるのか、投資チャンスがくるのかを予測したいと思っている。ユースケースはすべての業界にあり、われわれはEinsteinでこれをきちんと届ける。

――Einsteinの今後の計画は。

サイナイ氏:まずは、セールスフォースの機能として出荷する。そして将来は、顧客が自分のビジネスゴールに合わせて機能を変更すると、自動的にモデルを再構築するようになる。つまりカスタマイズができるようになる。

 最終的には、カスタムデータを利用して、再度開発することなくカスタムの予測ができるようになる。顧客は自分のビジネスゴールを作り、予測をアドインしたり、自分が到達したい成果をアドインすると、データをみて自動的にモデルを構築し、洞察を届けてくれるというものだ。

 AIはビジネスにとって土台からの技術シフトとなる。15~20年前のクラウドのようなもので、次の大きなトレンドだ。今後すべてがAIにより何らかの形でパワーされることになるだろう。継続的にスマートになっていく。

 セールスフォースではAI専門のリサーチグループを立ち上げた。ソーシャー氏が率いており、ディープラーニング分野のコンピュータビジョン、センチメント分析など新しい技術を、スタンドアロンの開発者向けサービスとして提供する。例えば、自社のブランドロゴイメージをEinsteinに学ばせることで、ソーシャルネットワークなどで自社ブランドがどのように扱われているのかを認識できるようになるだろう。

――Einsteinによる自動化が、営業担当者の削減など人事に及ぼす影響はあるか。

サイナイ氏:セールスフォースのAIは人をリプレースするものではなく、情報を収集したりタスクを自動化することで、その人が仕事をさらに効率化するためのものだと考えている。現在の営業担当は忙しく、営業プロセスに「バリュー」を加えることができていない。一部のタスクを自動化することで、本来フォーカスすべきところにフォーカスすることを支援する。従業員を減らすことが開発の目的ではない。

――AIの進化と浸透で、将来人間に求められるビジネススキルは変わってくるだろうか。

サイナイ氏:仕事の質が変わってくるだろう。たとえば出版の世界では、これまで「誤植」を探す人がいたが、いまは機械がやってくれる。営業担当なら、アポイント日時の調整などにかかる手間を省くことができる。その代わりに、顧客に製品の特徴を伝えるなど、より大切なことに時間を割くことができる。

 EinsteinをはじめとしたAIは、破壊的な変化を生むだろう。現時点ではまだ、どのように変わっていくのかを予測することは難しい。

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