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スペシャルトーク@プログラミング+ 第3回

「未来食堂」の小林せかいさん1万字インタビュー

“理系”と“エンジニア”は違うと思うのですよ

2016年10月03日 19時00分更新

文● 遠藤諭/角川アスキー総合研究所

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 神田神保町の外れに1年ほど前にオープンした「未来食堂」という定食屋さんが話題だ。カウンターにわずか12席のお店がメディアでも取り上げられ、この9月には小学館から『未来食堂ができるまで』という本まで出た。なぜここまで話題を呼んでいるのか?

 ひとつは、日替わりの定食1種類+「あつらえ」(後述)による在庫ロスほぼゼロの営業。加えて「まかない」、「さしいれ」、「ただめし」といった、このお店独特のシステム。そして、もうひとつはオーナーの小林せかいさんがIBMやクックパッドでエンジニアをしていた経歴も関係しているようだ。 今回、その小林せかいさんに、未来食堂とエンジニアについて聞いた。

未来食堂は神保町のはずれ教育会館B1Fにある。

「オムライス」と「ケチャップ」が並列化する

―― プログラマの思考法に学ぼうという“コンピュテーショナルシンキング”が注目されています。未来食堂の話を聞いたときに、ちょっとこれに近い話だなと思ったんです。で、今日はそういうお話をお聞きしたくて来ました。

小林 ありがとうございます。

―― 日替わり定食の1種類なんだけど、夜はその日と翌日のメニューが選べる。「あつらえ」といいって、未来食堂の冷蔵庫にある材料から好みの小鉢を追加オーダーできる。「まかない」という仕組みも面白いですよね。

小林 まかないは 50分お店の仕事を手伝うと1食無料になるというしくみです。

―― それが、1食分無料になるといっても原価を考えるとアルバイト代より安い。ふだん手の届かないところの掃除ができるとか、なるほどと思いました。どの話もアルゴリズム的な説得力があるんですよね。で、先日、「未来食堂は、店の効率について凄く考えてあるのに、なかなか記事にしてもらえない」と言われていましたよね。

小林 そうなんですよ。ランチをひとりで4回転させている秘訣は、さすがに飲食業界の人たちしか切り取れないのかもしれないですが、そのあたりのネタはどうも取材してもらえないんです。

―― たぶん、そういう 部分も未来食堂の大切な部分ですよね。

未来食堂の平面写真。中央が配膳、左手が調理、左奥が洗い場、入口は手前だ。

小林 おっしゃる通りです。未来食堂には、大きくわけて“3つの機能”があるんですね。「洗い場」、「調理」、「配膳」とあって、最大3人が一緒に働いています。

―― 小林さんと「まかない」の人が2人いるケースですね。

小林 そのときに何が大切かというと、それぞれの持ち場の境界線、交わるところの待ち時間を少なくすることが大切なんです。

[小林さんは、「洗い場」、「調理」、「配膳」を行・列どちらにも並べた総アタリ表のようなものを書いて、接する部分に1~6の数字をふった]

未来食堂の3つの持ち場の関係表。行側(上)から列側(左)にモノが流れる。

小林 まず「下げもの」の台です。飲食業界でバッシング台といいますが。これは配膳から洗い場への「バッファ」になっています(図の2)。もしバッファがゼロだとすると、調理側で料理が出来ても、配膳に手渡すまでずっと調理の人がお皿を持ったまま待つ事になります。それで、未来食堂では木の台を用意して、出来た料理を次々に置く。そうすることで調理ー>配膳の待ち時間をゼロにしているのです。

―― こうやって、1から6を埋めていく感じですか?

小林 原則としてそうですが、必要がない故に存在しないバッファもあります。例えば、調理から洗い場のバッファ(図の1)などは存在しません。なぜ なら調理中に洗い物が出ることはほぼないからです。ほぼないものに関して場所を取る必要はありませんよね。逆に、洗い場から調理(図の3)は食器台ですね。未来食堂では、ガス台の上にお皿を用意します。

ーー ガス台の上に物を置くってなかなかないんじゃないですか?

小林 そうです。これ未来食堂の特色なんです。なぜこんなことができるかというと、未来食堂のメニューが1種類だからですね。火を使う可能性がゼロであるなら、コンロを全て潰して使えるスペースにしても構わない。

ーー なるほど。

小林 洗い場から配膳(図の2)は、「お茶碗」、「汁碗」、「お 湯のみ」だけ、ほかの食器と分けて置いておいてます。配膳から調理(図の4)は、ほとんどないのでバッファとなる台も必要ないですね。

ーー 人間の動きについては何か工夫はありますか?

小林 基本的に動きが往復しないようにと考えています。たとえば、フライパンにものを入れて加熱して、盛りつけて、トッピングを載せて、バッファとなる台に乗せるという動作が、一方向になるように意識しています。それから、工程を時系列で分けることによって生じる「前ガロ」と「後ガロ」の切り分けも大切ですね。

ーー 「ガロ」というのは?

小林 ガロというのは、これも飲食 業界の専門用語でガルニチュールの略です。見た目のためにあると嬉しい付け合わせのことをいいます。たとえば、オムライスのパセリ、カレーだと福神漬け、親子丼だと三つ葉のような。ガロのスタンバイというのはどこの飲食店でもやっています。

―― インドカレーならアチャール。おいしさも引き立てますけどね。

小林 そうですね。オムライスを作るときにガロを用意するというとパセリを用意します。そういうものをどう準備しておくかを、新人は先輩の技を盗んでいくわけです。ここでは更に何を突き詰めているかというと、ガロミチュールを最初に置けるものと後にしか置けないもの2つに分けて考えています。

―― それが前ガロと後ガロ。

小林 ええ。たとえば、生姜焼きで言うと前ガロはレタスで、後ガロが上にかけるパセリのようなものになります。ちなみに、お客さんが来てからしかできない炒めるなどの調理を「主調理」といいます。前ガロは事前に用意できますが、後ガロは主調理のあとしかできません。フローチャートと一緒です。A工程とB工程とC工程があって、それぞれ一直線なので、Bを抜かしてAからCの作業に移ることはできません。

―― その場合どうするんですか?

小林 A工程の前ガロはいつでも用意できますがC工程である後ガロは事前に用意することができない。つまり、時間にタイト に響いてくるのはC工程である後ガロなんです。だから未来食堂ではなるべく後ガロを前ガロに持ってこれないかということを考えています。

ーー 後ガロは、だって前に持って来れないんじゃないんですか?

小林 たしかにできないものもたくさんあります。だけど、たとえばオムライスでケチャップを上にのせたら後ガロになりますよね。

―― メイド喫茶でハートマークとかやりますよね。

小林 でも、別添えでお皿の上に小さな器を置いてケチャップを入れて出するようにすれば前ガロにできるんです。そうするとお客さんから見ると「ケチャップがついているオムライス」と いうのは変わらないんです。

―― オムライスとケチャップが並列化するんだ。洗い物は増えるけど、リアルタイム性を優先しているんですね。

左がバッファとなるテーブル。未来食堂では料理をのせる前に客に渡される。


 

(次ページ、「ここで未来食堂についてちょっと解説」に続く)

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