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遠藤諭のプログラミング+日記 第1回

CODE MASTER!話題の子供向けプログラミングボードゲームをやってみる

2016年09月10日 20時00分更新

文● 遠藤諭/角川アスキー総研

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「いまの教育制度はコンピューター時代についていけていない」と主張する人物が、“プログラミング”を正面から学ぶとうたった小学生向け知育玩具を作ってしまった。(今回は「週刊アスキー連載中の『神は雲の中にあられる』より転載です)

小学生からロジカルシンキング!

 “Thinkfun”は、小中学生向けの米国の知育玩具ブランドだ。日本でも一部が輸入されていて、私が好きなのは「レーザー迷路」(Laser Maze)。将棋盤のような5×5のフィールド上に小さな鏡を置いて光のルートを作るゲームで、玩具のアワードのをいくつも受賞している。レーザーという子供があつかうにはキケンと思える道具を使いながら、「そんなことより興味を持つことのほうが大切でしょ」という科学根性がいかしていると思う。

マップ1のレベル1、つまり、いちばん簡単な問題。赤いパス(Run)と緑のパス(Slide)を2個づつ使って、“5”から“3”まで行きなさいという問題(ちなみに青はJump)。さすがに、これは簡単ですね。60レベルまで行くとまさにアルゴリズムの世界になります。

 このレーザー迷路、ひとことでいえば“結果を予測”して“ロジックを組み立てる”ゲームだといえる。答えを考えたら部屋を暗くして(これも理科実験的でいいのだが)、結果が一目瞭然な形で浮かび上がる。この“予測”と“ロジックを組み立てる”って、ほとんど“プログラミング”そのものじゃないか! しかも、答えを考えたらスイッチオンで見れる感覚は、BASICで“RUN”コマンドを叩くのを連想させると思っていた。

 そうしたら、そういう意見がThinkfunの社内でもあったんじゃないかとも思うのだが、ずばりプログラミングを学べる“CODE MASTER”という商品が登場して話題となっている。これは、“出題ブック”と“アバター”(自分)と“ポータル”(ゴール)などの駒、そして、紙製の“トークン”だけでやるようになっている。盤面全体は、いま人気のMinecraftっぽいキューブ感覚のデザインになっている。

“プログラミング・ロジック・ゲーム”を謳うCODE MASTER。“Ignite your Mind !”(思考が発火する!)というよく頭の中の電球が点るイラストとともに書かれる言葉は、Think funの登録商標だそうな。

 ということで、米国からネット通販で取り寄せてみたのだが、これがなかなか大人でも頭をひねらされる内容になっている。対象年齢8歳以上=頭の柔らかい子供のほうが大人より先に解けそうなところがこのゲームの真骨頂かもしれない。なにしろ、ユーチューブに小学生くらいの女の子が、どうやって遊ぶのかを得意げに解説している動画があったりもする。

 具体的には、出題ブックの盤面には、“1”、“2”、“3”・・・と番号のついた“ロケーション”(ノード=双六のコマ)がある。ロケーションの間は青、赤、緑といった色づけされたパスでつながれている。スタート地点にアバター、ゴールにポータルを置いてはじめるのだが、色づけされたパスは決められた数しか使っちゃいけない。というちょっとしたパズルになっている。

 これだけでは、あまりプログラミング的ではないのだが、盤面には“クリスタル”というプラスチック製のチップが置けるようになっている。アバターはクリスタルを拾っては、棒に刺して移動するようになっている。これがカウンター的な役割をはたすようになっていて、“IF-THEN-ELSE”の条件分岐や“DO-WHILE”のループ構造なんかが実現されている。ほかのトークンでも、“プログラミング”的なフィーチャーがあるのだが、詳しくはCODE MASTERの公式サイトを参照のこと。

 小中学生のプログラミング教育が、注目されていて、それにはどのあたりから体験するのがよいかは大きなテーマとなっている。『Scratch』でプログラミングに触れちゃうというのもあるし、『Minecraft』で遊ぶのがよいのだよという意見もある。私のいた『月刊アスキー』では、'90年前後に飯吉透さんの“教室にやってきたコンピューター”という連載があった。“ハイパーカード”やCD-ROMのブームもあって、意欲的な教育ソフトも登場していた頃である。子どもとプログラミングとの出会いというのは、永遠のテーマなのかもしれない。

 ただ、“子どもはコンピューターに触れる機会は早くからあったほうがよい”とは思っていた。ところが、この“CODE MASTER”に関しては、コンピューターを使っていないところが凄い気もする。同じThinkfunシリーズの中でも、紙と小さなチップしか使わない学年誌の付録以下のいちばんチープな内容である。いまどき、2歳の子供でもタブレットで遊ぶんだからアプリでいいじゃんと言われそうである。

 しかし、ユーチューブ動画を見ていると、アバターやクリスタルなどの物理的な駒を手でつまんであれこれ試行錯誤しているのは具合がよさそうだ。このあたりは、“ティンカリング”(Tinkering)という機械や道具を分解したりしながら手でモノを作って遊ぶ世界に通ずるものがあるかもしれない(『ティンカリングをはじめよう――アート、サイエンス、テクノロジーの交差点で作って遊ぶ』オライリー刊など参照のこと)。

 ということで、CODE MASTERをいじっていたら、作者のマーク・エンゲルバーグ氏が、TechCrunchにプログラミング教育について書いている記事をみつけた(http://jp.techcrunch.com/2015/11/02/20151031the-path-to-expertise/)。彼は、NASAで仮想現実のプログラマーをしていたという経歴の持ち主で、数学とコンピューターの教師で発明家なのだそうだ。

 記事は「仕事で使えるコンピューターサイエンスを身につけるには大学教育では足りない」という題名だったのだが、これは、私も、昨年アンドロイドのアプリスクール(“Tech Institute”)を1年間半運営させてもらって痛感したことだった。高校・大学・社会人に2時間×64コマの授業を実施したのだが、受講者の選抜のためにアンケートと面接をやらせてもらった。

 それによると、理工系の学部でもコンピューターサイエンスに触れる機会は非常に限られている。プログラミングも、ほとんど“触る”程度しかやられていない。もちろん、必要があれば使っていくわけだが、ベースとなる知識やパワーが身についていないのはいかにも効率的でない。

『ティンカリングをはじめよう――アート、サイエンス、テクノロジーの交差点で作って遊ぶ』(Karen Wilkinson、Mike Petrich著、金井哲夫訳、オライリージャパン刊)

 CODE MASTERの作者は、いま必要とされるコンピューターサイエンス教育のためには、米国の学校制度では時間もリソースも入りきらないと言いきっている。彼によると、この問題の本質的な解決方法は1つしかない。すわなち、いま大学で学んでいるコンピューターサイエンスと離散数学は高校で学ぶようにする。高校で学ぶプログラミングの入門は中学校で学ぶようにする。

 さらには、中学校で触れる遊びの要素のあるプログラミングやコンピューターのことは、小学校でやるようにする。1つずつ下の学校からはじめるようにしないと間に合わないということだ。そして、大学のコンピューターサイエンスのカリキュラムは事前教養があることを前提にというのはごもっとも。つまり、早めにプログラミングをはじめるしかないということか。

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