クラウド業界はユーザーコミュニティ流行りだ。ユーザー自身が能動的に参加するようなコミュニティをいかに盛り上げるか、多くのベンダーが頭を悩ませている。データベースからクラウドの世界にこぎ出しているオラクルもそんなベンダーの1つ。日本オラクルでPaaSエバンジェリストを務めている中嶋一樹氏に話を聞いた。
オラクルが勉強会?その背後には真摯な反省があった
「正直なところ、近年は開発者に向けた活動が滞っていた。ただ、そこは真摯に反省している」
日本オラクルでPaaSのエバンジェリストを務めている中嶋氏のあまりにもストレートな述懐に、取材したオオタニはけっこう驚く。オラクルに関連するところでは、これまでJavaやデータベースのユーザーグループは古くから活動しているが、オラクルとしてはクラウドコミュニティに積極的にエンゲージして来なかったのが実態だった。これに対して、中嶋氏は「クラウド時代を迎え、コミュニティはわれわれにとって重要なサポーターになるところ。そこには大きく投資していかなければならないと思い、今年から方向性を変えました」と語る。
こうして生まれたのがテクノロジーに関する勉強会を行なう「Oracle Cloud Developers」だ。現時点では東京は1ヶ月に1回、中四国・沖縄をのぞく地方では1.5ヶ月に1回くらいのペースで勉強会を開催している。現時点でののべ参加者数は688人になるという。「週末や夜を使って、エンジニアが楽しんでもらえるイベントをやっていくのが、われわれの思惑」と中嶋氏は語る。
「機械学習」「マイクロサービス」「JavaScript」にフォーカス
Oracle Cloud Developersの勉強会は、プロダクトではなく「機械学習」「マイクロサービス」「JavaScript」の3つにテクノロジーにフォーカス。これらはベンダーとコミュニティつなげるためのGlue(糊)のような存在だという。
機械学習に関しては市場もホットで、オラクルも高度なテクノロジーを持っているという。「他社のように機械学習のサービスが用意されているのではなく、定番であるOracle Database Cloudの中に機械学習のエンジンがすでに入っている。だからデータを保存すれば学習の対象になるんです」と中嶋氏は語る。ハンズオン形式でやることもあり、サンプル開発の手順をQiitaに書き込んだり、ソースコードをGitHubにアップしたり、実にコミュニティらしい活動が行なわれているという。
しかも、Oracle DBのシェアを考えれば、機械学習でのデータ分析もリアルなデータを使えるため、ユーザーにとって有益なユースケースが蓄積されることになる。マイクロサービスに関しても同様で、Oracle Cloudで用意しているデータに対してのAPIでサービスを構築できる。「リアルなデータを使ったユースケースが増えれば、勉強会でもすさまじく生々しいエンタープライズの話が出てくるはず。だから、このエリアに関しては、今後日本でもっとも有益な勉強会をやっていけるというビジョンを持っている」と、中嶋氏の鼻息も荒い。
JavaScriptに関してはやや毛色が異なるが、「モバイルでも、デスクトップでも、node.jsを使ったサーバー開発でも使われるJavaScriptはもはやプラットフォームになっている。開発者が大好きなAngular.jsやReactとオラクルのクラウドでどう使うかなどをきちんと作っておかなければならない」というポリシーで、日本オラクルが決めたモノだという。
海外ではOracle DB向けの開発フレームワークである「APEX」の勉強会などが盛んに行なわれているという。いずれにせよ、インフラレイヤーより、上位のレイヤーにフォーカスしているのは明らか。中嶋氏がPaaS推進室に所属していることもあるが、クラウドが進めば進むほど、抽象化が進み、インフラの部分は希薄になってくるからだという。「私も入社した当時はOracle VMを担当していましたが、今クラウド上でVMのような基盤を扱うことはまずなくなっている。だから、今われわれがフォーカスしているのはクラウドデベロッパーの方々」と中嶋氏は語る。
コミュニティにシフトする中、狙いは「マインドシェアの拡大」
ご存じの通り、マイクロソフトやオラクル、シスコなどの大手ITベンダーは教育やトレーニングという分野に積極的な投資を行ない、専門のエンジニアを数多く養成してきたからこそ、現在の大きなシェアがある。一方で、現在のクラウドベンダーの成長は、ユーザーの自発性とそれをサポートするベンダーという関係で成り立つコミュニティドリブンなアプローチで実現している側面がある。従来型のITベンダーもこうしたアプローチに大きくシフトしているのが現状だ。「今までわれわれはパートナーに対して、プライベートなセミナーをやってきた。これはこれで現在のインストールベースを得るのに重要な施策でした。これにプラスして、今後はコミュニティへのフォーカスも進める」と中嶋氏は語る。
なぜ、こうしたシフトが起こったのか? 中嶋氏は「やはり無料枠の存在が大きい。個人で勉強したいモノを、無料枠で触りながら勉強できる環境が整ってきた」と指摘する。無料枠があるからこそ、個人でも製品を触りながら勉強できるし、ハンズオンも実現できる。また、エンジニアのマインドも変化している。「昔はOracle Masterの認定資格を得ることがエンジニアのプライドだったが、最近のエンジニア界隈はコミュニティで存在感を持つことがプレステージになっている」と中嶋氏は語る。エンジニア採用の場面でも、職歴や資格よりも、ブログやGitHubの中身、コミュニティへのコミットが重視する会社が現れており、市場自体が大きく変化している。
一方、オラクル側がOracle Cloud Developersに期待するマーケティング的な狙いとしては、「マインドシェアを拡げていくこと」(中嶋氏)という。マインドシェアのナレッジは開発者がMeetupで得た経験談のSNSやスライド、そしてユーザーが困ったときに検索して出てくるブログなどで醸成されるもの。こうしたナレッジがあるため、マーケティングメッセージが主体のベンダーイベントでは得られないテクノロジーの本質を、コミュニティの勉強会では得ることができる。
こうした現状に対して、「Meetupに参加した人たちがOracle Cloudって楽しいというSNSを発信してくれること。こうしたファンを増やしていきたいのがわれわれの想いです」と語る中嶋氏。情報共有もQiitaのような外部のプラットフォームを会社アカウントで用いる。「今までは社員が社内用のWikiに検証結果などを書き込んでいたが、よくよく見たら、7~8割は公開してもいい情報だった」ということで、積極的にQiitaにポストしているという。