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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第154回

てあしくちびるは日本の音楽シーンを打破する先端的ポップだ

2016年06月25日 12時00分更新

文● 四本淑三

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伝えたいことのための自然な変化

―― さて、セカンドアルバムです。ファーストはすごくレコード屋さんの棚に置きづらい感じでしたが。

くっちー どこに入れたらいいのか(笑)。今度のは流通には乗るんですけど、1枚目は自分たちで「置いてください」とお願いして回ったので、今回もそんな感じで地道にがんばっていきます。

―― 音楽的なアプローチは最初の頃とはかなり違いますよね。

kawauchibanri 最初は、本当に殴って蹴ってという。なにも考えずにやりたいようにやった感じで。

―― そういえば「てあしくちびる」の由来をうかがっていませんでした。

kawauchibanri ずっと温めていたんですよ、ソロの頃から。自分がバンドをやるなら「てあしくちびる」という名前を付けてやろうと。楽器を奏でるのは手だし、踊ったりステップするのは足だし、歌うのは口だという。音楽が肉体的であることの象徴が、その3つだろうということです。

―― で、最初は一発食らわしてやろうと。

kawauchibanri そうですね、やってやろうという感じ。今度の2枚目は、前のめりで言いたいことをまくし立てるより、本当に伝えたいことは引いたほうがいい場面もあるんだなと。ライブをしていく中で、そう感じることが多々あって。体調が悪くて、本当はガッと行きたくても行けなかったときの方が、お客さんの反応が良かったり。1枚目と2枚目の違いは「言いたいこと」と「伝えたいことがあること」、その違いなんだと思っています。

―― 伝わらないことがあったので回路を変えてみよう、と?

kawauchibanri いや、そこまでではなくて、割と自然な形だったんですよ。思考を変えようというよりも、自分たちが少しづつ変わっていってる。

くっちー セカンドまでの間に作ってきた曲が違ってきたということですね。より多くの人に届けたいという気持ちが最初のときよりもある。最初のときは「どうだ! お前らわかんないのか!」みたいな態度だったんだけど。

―― 確かにファーストは腹立ちまぎれっぽかったですよね。世の中が荒んでくると音楽も先鋭化して、文化的に豊かになるという説があります。日本の荒みっぷりもついにこのレベルに達したか、というのが、てあしくちびるに対する印象です。

kawauchibanri 直接的にはないですけど、随所にそういうものはあると思います。自分に政治的思想として確固たるものがあるとは自覚していないんですけど、普通に原発は嫌だなとか、政権に対する疑問だとか、そういうものは直接音楽には反映されていない。あえて避けているわけではないんですが。

―― 個別に言わなくても、ということですね。

kawauchibanri はい。その違和感とか、コノヤローという気分は、全部つながっていると思うんです。そういった考えや姿勢が色濃く反映された音楽やミュージシャンに対するリスペクトがありつつ、自分はそっちに振り切れない。でも普段の何気ない生活や仕事の中で、嫌だなと思っていることと同等に考えていれば、自ずと音楽にもそういうエッセンスは込められるんじゃないかと思ってる。身の回りで起きていることと、全部地続きだという考え方をしています。

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