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あの『けいおん!』がついにハイレゾ化、いまやる意義を聞く
2016年04月28日 11時00分更新
最初は懐疑的だった、けいおん!のハイレゾ化
── いまけいおん!の楽曲を“ハイレゾ化する”と聞いて、どんなふうに思いましたか?
小森 僕はね、実は最初懐疑的だったんです。クラシックやジャズなら有効なのかなと思ったけど、ポピュラーミュージックにはどうなんだろうと思う面があったから。
磯山 収録の際にも変換で起こりうるロスもあるだろうと、当初48kHzで録音していたのを途中から(CDと同じ)44.1kHzに変えたぐらいで……。当時、96kHzで録音してはどうかという話もあったけど、敢えてしませんでした。僕らはロックを作るのだから、多少荒削りになるけど、96kHzより48kHzのほうがテイストが出せると思ったためです。こういう試行錯誤があったから、「今さらそれをハイレゾにしてどうするんだ」という思いが私にも小森さんにもあったわけですね。
でもエンジニアの井野さんが、ミックスダウンからやり直せば確実に音が変わるからぜひやるべきだと言ってくれた。そして実際に聞いてその変化を実感できた。
井野 僕自身、最初はマルチでアプコンすることにどのぐらいの意味があるのだろうって疑問も持っていました。でもポニーキャニオンさんで、単純な倍音を足すアップコンバーターとミックスダウンからやり直したハイレゾ音源の比較試聴をしたら、歴然とした差がありました。
小森 期待を大きく上回っていました。ちゃんとやれば有効なんだ、ちゃんと時間をかけて全部やれば、確かにハイレゾ音源にする意味があるんだと感じられたね。
磯山 制作現場では、マスタリングなど、CD用のミックスをそのまま加工する場合もあります。しかしそれでは到底なし得ない変化ですね。自分が年のせいかもしれないけど、聞こえないけど分かるみたいな部分も感じられて、スゴイなと。
小森 相互に影響する部分もあるよね。聞こえない部分が聞こえる部分に影響を与えるというか。
磯山 漠然とした表現になるけど、精巧なプラネタリウムと素の宇宙を見上げる違いというかね。見えないんだけど、見えるっていう感覚がある。
ミキシングで作られる音は3割、そこがハイレゾ化する意味は大きい
井野 確か「GO! GO! MANIAC」だったと思うんですが、やってみたら思いもよらぬことがいろいろ起きると分かった。ミックスの作業は、単に収録した音のバランスを調整して2MIXに落とすだけではなくて、リバーブを足したり、ディレイを足したり、いろいろなエフェクトを加える作業でもあります。だからこの過程で生まれる音が全体の3割ぐらいはあると思うんです。ここが全部ハイレゾ化される。そこにすごい効果があると思いました。
スペアナで見ても上の成分がバッチリ出ているし、単純なアプコンではこうはいきません。だから過去の音源すべてを掘り起こして、すべてのトラックを1chずつハイレゾに変換したあとで、ミックス作業をやり直すことにしたんです。
磯山 本当、膨大な数ですよ(苦笑)。
井野 CD用の音源を制作したのは今から5~6年前。初期の収録だと7年以上前になるので、音源制作に使ったPro Toolsのバージョンは相当古かった。だからPro Toolsを最新版にするだけでも、ずいぶん音質が変わるんです。ただし、その間に使えなくなっているプラグインも結構あって、それを1つ1つ、いま現在あるプラグインに置き換えて、耳で全部合わせていく作業が発生しました。これが時間のかかる一番の理由になりました。
── 耳で調整する!!
井野 オープン/エンドのような大きな楽曲だと1曲当たり120~130トラック。それを超える場合もあります。作業時間に関しては、最初のアップコンバートだけで2~3時間の待ちって感じですかねぇ。それをPro Toolsで開いて作業するわけですが、96kHzで処理するためには最新版のPro Toolsにしないとダメでした。当時のPro Toolsを使ったらどうかと、一度考えたのですが、いくつか試した結果、データ量が大きすぎて再現不能になることが分かりました。
もちろん最新バージョンに上げてみると、ミキサーの解像度などが圧倒的に良くなるし、ひずみ感やジリジリした感じもなくなる。一方でバージョンを上げると使えないプラグインもいっぱい出てくるので、それをリストアップして新しいバージョンが出ているのであれば、旧バージョンのパラメータと見比べながら耳で聞いて合うかどうかを1つずつチェックする。非常に地道な作業になりました。
磯山 気が遠くなるよね。
井野 まあ1日2曲が限界ですよね。96kHzにしても今のシステムであれば動くけれど、データ量は膨大で結局、今回の20数曲だけで1TBに迫る容量を使うことになりました。
ハイレゾはロックとは逆のおとなしさがあるのでは?
── ミックス作業のため、改めて聞いたサウンドはどうでしたか?
井野 1曲開くごとに、これを作ってた時はこうだった。「ないわ~」なんていろんな思いが沸き上がってきます(笑)
磯山 僕なんかだと、曲を聴く前の心構えのほうが大事ですよ! 曲を作っていたときの精神状態に戻らないといけない。新ミックスだから、再現するには当時のテンションに戻らないといけないんです。そこが自動で処理するアプコンとの違いですよね。
小森 難しいのは何バージョンも作っているから、無意識で自分にとって一番印象に残っているテイクを踏襲しようとしてしまいがちなところですね。改めて聞き直したら違っていて、ここは実はこうだったんだって認識し直したりもしました。
── ハイレゾ音源は繊細というか、ロックとは対極なおとなしさがあるのでは?
井野 実はわれわれがここでやったのは、すべてその調整です。きれいになり過ぎない。当時の印象と変わらないけど、曲を聴くと音は確実に良くなっている。そういう絶妙なラインを狙いながら、1曲ずつ耳で聴いて、調整していったのが今回の音源です。
けいおん!の楽曲は、このスタジオで仕上げました。ここに皆がまた集まって、モニタースピーカーの前でみんなで聞いたり、ヘッドフォンでチェックしたりしながら、当時の印象を変えない音を作っていきました。
小森 楽曲のイメージを壊すような音の変化がないかを3人でチェックしたわけですね。
井野 例えばハイレゾ化する際に、コンプレッションを少し弱めています。躍動感は全体に上がっているけれど、それがおとなしさにつながってしまう部分もあるので、ギリギリのところをカット・アンド・トライして作る作業が必要になります。
磯山 この加減が曲によって全然違ってくる。
井野 オートマチックな作業ではなくて、曲によっては最初から作り直しているのに近い場合もありました。オープン・エンド(オープニング・エンディング用の主題歌)とHTTの曲(放課後ティータイムが演奏する劇中歌)でもまた違いますし。
小森 Hi-Fi的に聴こえれば、それでいいっていう単純な話ではないですよね。
磯山 僕たちの中では、「あうん」で通じる“けいおん! らしい音”というものがあるんですよ。モニタースピーカーに加えて、ヘッドフォンでも聞きますけど、そのけいおん!の音から逸脱してないかをチェックしていくんです。
小森 聴いて、もとの荒々しい感じがよかったのに……みたいな、曲の良さを削る方向だったら補正することになりますよね。
磯山 (音圧の)ツッコミ方で補正する場合もあるし、ミックスで補正することもある。そういう意味で新ミックスなんですよね。
── 一番気を使ったのはどこでしょうか?
磯山 サウンドはもちろん重要なんだけれども、僕にとって重要だったのはキャラクターが生きるか死ぬかということ。ここがアニメの音楽プロデューサーとして一番重要なところだったんですよ。そのキャラクターから逸脱せず、そのキャラクターが生きているように歌えているか。レコーディングでは常にそこを注意してきたので……。一方で小森さんにはバンドとしてのサウンドや聞こえ方の部分で頼りにしてましたね。
小森 ハイレゾにしたことで、やっぱり音に影響は出るわけです。例えばギターの音色が明るくなっただったらいいわけですが、ボーカルの声質が変化して、キャラクターのニュアンスが変わってしまってはまずいんじゃないかなと。
磯山 そこは最低条件で、それを逸脱してまでクオリティーを上げるというのは違うと思います。こういう基本線があったうえで、いいものをいかに作るかという話になる。
小森 もちろん前提としては、いい音にしないとやる意味がないというのはありますけどね。
磯山 ここは普通のアーティストの楽曲でも同じじゃないかな。そのアーティストが求めている音像は単純なクオリティーの高さではないと思います。出したいテイストがある。それを壊さず、どこまで広げられるかなんです。そして今回、それをかなりギリギリまで広げられたなって思います。結果、井野さんが死んだわけだけど(笑)。
── エンジニアの立場で苦労した部分があれば。
井野 やっぱりオープン・エンドが難しかったですね。明るく派手に聞かせないといけないところとハイレゾの部分を両立しないといけなかったので。アレンジも複雑なので、単純にチェックしないといけないことも大量になる面があります。
小森 詰め込んでるからね。
磯山 音はいろいろな過程で変わります。ミックスする、マスタリングする、そしてCDにプレスする。量産過程のロットでも差が出る。自画自賛になるけど、CDで聞いてた人たちのイメージは維持しつつ、圧倒的にいいなって分かると思います。こんなに伸びしろがあるんだと思いました。
小森 そうだね。