ネットの匿名性の意義を感じているのは日本だけじゃない
新しいテクノロジーとそこから派生する新しいメディアは、それまでの情報世界に新しいフレームやスタイルを導入し、人と物との関係、ひいては人と人との関係の在り方を変化させる。見えなかったものが見えるようになり、聞こえなかったものが聞こえるようになる。
電信の発明により人間は遠く離れた場所の情報を瞬時に入手できるようになり、新聞や雑誌のニュースとして世界中の出来事を知り得るようになった。電話の発明により人々は好きなときに親類や友人の声を頻繁に聞くことができるようになり、コミュニケーションの質と量に圧倒的な変化が生じた。
そしてインターネットの登場以降、私たちはどこに居住しているのかもどんな仕事をしているのかも、どんな年齢、どんな性別かもわからない人たちと言葉を交わし、ときにはソーシャルメディア経由で他人の私的な心の声すらも垣間見れる時代に生きている。
この「匿名で声を上げられる自由」は誰かにとって有益であるか否か、必要であるか否かにかかわらず、個人の権利として尊重されなければならない。
ならば誰かを中傷してもいいのかという手の話は良識や規範に関するまた別の問題である。
そうした本来は位相の異なる良識や規範にまつわる議論が法律よりも強い拘束力を持って「匿名で声を上げられる自由」の封殺へとなだれ込んでくることはなによりも危惧すべきことだ。往々にして世間の風潮や論調というものは、法律などの力をはるかに超えて人の行動を抑制することがある。
冒頭で言及した「保育園落ちた日本死ね!!!」の問題も、「これを書いたのは本当に女性なのか?」とか「こうした言葉遣いはいかがなものか?」というレベルの違う話と十把一絡げにされつつ、インターネットにおける匿名性の否定に傾斜していきかねないのではないか?
形容詞「匿名の」を意味する英語は「Anonymous」であり、この言葉は同名の国際的なハッカー集団の過激な振る舞いによっていささか悪い印象を増幅してしまっているが、「アノニマス」のそもそもの活動理念は(その手段が妥当なものかどうかはさておき)、インターネットに規制を加えようとする権力への抗議である。
そして、彼らが被っている奇妙なマスクは16世紀のイギリスに実在した人物で「抵抗と匿名のシンボル」となっているガイ・フォークスの人相をかたどったものだ。「インターネット、自由、匿名性」という観念はなにも日本に固有のものではないのである。
この連載の記事
-
最終回
トピックス
「これほど身近な時代はない」ネットと法律はどう関わるのか -
第27回
トピックス
著作権法に対するハックでもあるクリエイティブ・コモンズ -
第26回
トピックス
なぜクルマほしいのか、水口哲也が話す欲求を量子化する世界 -
第25回
トピックス
「Rez」生んだ水口哲也語る、VRの真価と人の感性への影響 -
第24回
トピックス
シリコンバレーに個人情報を渡した結果、検索時代が終わった -
第23回
トピックス
「クラウドファンディング成立低くていい」運営語る地方創生 -
第22回
トピックス
VRが盛り上がり始めると現実に疑問を抱かざるをえない -
第21回
トピックス
バカッター探しも過度な自粛もインターネットの未来を閉ざす -
第20回
トピックス
人工知能が多くの職業を奪う中で重要になっていく考え方 -
第19回
トピックス
自慢消費は終わる、テクノロジーがもたらす「物欲なき世界」 -
第18回
トピックス
なぜSNS上で動物の動画が人気なのか - この連載の一覧へ