基礎技術開発こそが生き残る道 SFの世界を現実にするLiquid
目指すは日本発の技術イノベーションベンチャー
生体認証エンジン『Liquid Pay』を提供する株式会社Liquid(リキッド)。2015年から、ハウステンボス、イオン銀行など大手事業者と次々に提携し、実証実験を進めている。生体認証は決済業務に関わることが多いため、Liquid=フィンテック(Fintech)企業として認識されることも多い。
ところが、Liquidの代表取締役である久田康弘氏からは、「僕らは画像解析エンジンを開発するベンチャーとして誕生した」と予想外の答えが返ってきた。Liquidが目指しているのは、あくまで「画像解析の要素技術提供」なのだという。
そもそも要素技術とは、製品を構成する要素での差別化を図るコアとなる技術だ。PCであれば、ディスプレイやキーボード・マウスなどの入出力装置、ハードディスクやCPUなどがあたるが、Liquidの場合はデバイスに限ったものではなく、画像解析を使った技術提供を決済も含めた各分野で生かす想定だ。
そもそも、要素技術の開発には時間をかけて基礎技術を開発する必要があり、ベンチャー企業の場合は、他社が持つ要素技術を活用することが多い。そんな中、なぜLiquidは要素技術を開発するベンチャー企業を目指したのか。創業者である久田氏にその理由はどこにあるのか、迫ってみた。
ゲームやアプリ開発をしてきたメンバーが集まって起業
東京駅から徒歩ですぐという好立地にある東京銀行ビル。このビルの中に現在Liquidのオフィスが置かれている。複数のベンチャー企業が入居するスペースの一角だ。だが、そのようなインキュベーションスペースの中では珍しく、スーツ姿のビジネスパーソンが数多く目立つ。
Liquidの生体認証エンジンLiquid Payが金融機関と連携していること、さらにはFintech関連のインキュベーションスペースにオフィスを置いていることもあるが、久田氏は「Liquidはフィンテック企業ではない」と明言する。
「もともとは画像解析エンジンを開発するためのベンチャー企業だった。その用途のひとつとして生体認証を手がけるところで、Liquidが改めて誕生した。生体認証を手がけているが、グループ会社では現在も生体認証以外の用途の画像解析技術を開発している」(久田氏)
ベースとなっている画像解析技術については、「東京大学、慶應大学で画像解析技術の研究をしていたメンバーがいたこともあり、独自の画像解析エンジンが開発できた」というから驚きだ。
画像解析エンジンは基礎技術の開発が必要なこともあり、日本のベンチャー企業が単独で手がけるのはそもそも珍しい。資金力に限りがある場合、なかなか技術開発のみに注力するのは難しいはずだ。そのような、あえてベンチャーが手がけにくい分野に進んだのは、どういう勝算からなのか。その点を久田氏に質問すると、意外な答えが返ってきた。
「会社を作るきっかけになったのは、『(国内には)要素技術を開発するベンチャー企業がいないよね?』という話題から」
その時、集まっていたメンバーは、20代のころにゲーム会社などの瞬発力が求められる企業で働いていた。年齢を重ねていく中で、『これまでやってきたような、瞬発力が必要なアプリケーション開発はできなくなってくる』という話になったのだという。
「オンラインゲーム開発では、夜なべして開発を続けてサービスを提供していく必要があるが、これをずっと続けていくのは厳しい。そのような瞬発力が必要なアプリ開発は、参入障壁が低い。そのまま続けた場合、自分たちの居場所がなくなってしまう可能性があった。対して、要素技術は誰でも開発できるものではないため参入障壁が高い。年齢を重ねる中で自分たちの生き残っていく道は、要素技術開発にしかないと考えた」
こうした事情に加え、会社設立の少し前から画像を取り巻く環境、とりわけ人工知能の進歩による新たな技術トレンドが生まれてきていた。
「同時期、YouTubeやInstagramの人気が出始めて、『これからは人間がテキストを打って検索するのではなく、センサーを利用して対象を測定するセンシングや、動画から情報を探し出すような技術が求められる時代になるのでは』という意見も出た。さらに、人工知能ブームとしてマシンラーニング、ディープラーニングなど、これからは画像の時代になるという見通しが結びついた。ちょうどオンラインゲームのブームが終わったタイミングだったこともあり、画像解析エンジンの会社を作ることが具体化した」
久田氏自身は当時、金融取引の会社を起ち上げて、経営していた。流行のブロックチェーンや一連の取引をスムーズに行うマッチング技術を開発していたが、現在は売却している。「オンラインゲームと同様に、自分がやらなくても他の人でもできる。先はないと思ったので売却を決定した。現在一緒に働いている他のメンバーも携わっていた部門が閉じるということもあり、このタイミングで起業すれば、画像解析要素技術のファーストムーバーになることができる、良いタイミングだった」
要素技術の開発を目的とする場合、資金集めはどうだったのか。Liquidが設立された3年前は、ベンチャーキャピタルが総崩れだった時期でもある。「こういう会社をやりたいと言っても反応は悪かった。むしろ、経営者の方に話をする方が盛り上がった」
キーボードがないスマホやタブレットでは、テキストを打つこと自体が面倒だ。そこに画像解析を用いて、カメラを入力装置として活用した方が早いのではといった提案は、経営者の側の反応が良かった。久田氏自身が経営者として活動していた縁もあり、数社からの出資を集めての起業となった。
こうした状況から、2013年2月、Liquidが設立された。生体認証には、指紋、虹彩、静脈などいくつかの方式があり、いずれかの方式に特化してビジネスを行う企業が多いが、Liquidの場合は、画像解析という生体認証を実現するための要素技術から開発しているため、指紋・虹彩・静脈・顔と4種類の生体認証に対応。技術研究とは切り分けて、別会社化しているマーケティング企業(トレイダーズとの合弁会社であるLiquid マーケティング)もあり、基礎技術からマーケティングまで、生体認証に関わる事業を広く展開している。
「現在、予想よりも早く市場が立ち上がっている実感がある。当初は、SNSのレコメンドエンジンでの優先付けといったところが画像解析の最初のビジネスと思っていた。だが、実際そこにニーズはなく、時間がかかると見ていた生体認証の方が先に立ち上がった」