今度のタイプRは世界最速でありながら
家族で乗れるスーパーカー
自動車という工業製品には、各社に伝統的な名前がある。そのひとつが、ホンダの「タイプR」だ。レーシングに由来する「タイプR」は、古くはNSXやインテグラといった車種に設定されたもので、“サーキットベスト”として、とにかく速さを追求したスペシャルマシンといった位置づけであり、熱心なファンがいることでも知られている。
2015年10月28日に日本国内での販売が発表された、最新のシビック タイプRは、国内750台限定(ちなみに世界8500台)、メーカー希望小売価格428万円(税込)とされ、事前に商談する権利のウェブ抽選が行なわれたほど。しかも、応募は1万通に迫ったという話で、10倍を超える倍率を勝ち抜いて、商談権を得たオーナー候補はすでに決定している。
このように、事実上完売といえる新型シビック タイプRに試乗する機会があった。もう新車で買うことは難しい状態ゆえにバイヤーズガイドにはならないが、新世代のタイプRは、いまのホンダがどのようにスポーツカーを捉えているか、グローバルマーケットは「シビック タイプR」へ何を求めているかを判断するヒントになるだろう。
あらためて、新型シビック タイプRのプロフィールを紹介すれば、その基本コンセプトは、イギリスで生産されている5ドアのシビック(欧州向け)の基本ボディを活かして、ドイツ・ニュルブルクリンクサーキットでのFF(前輪駆動)最速マシンになることを目指したというもの。
そのために、エンジンはベース車には設定されない2.0リッターのガソリン直噴ターボとなり、その最高出力は310馬力(228kW)まで高められた。また、速さを追求するだけであれば、DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)などの2ペダル化が常套手段だが、あくまでタイプRとしてのドライビングファン、扱っている感を重視して、あえて6速MT(マニュアル・トランスミッション)とされている。
世界最速を目指しながら、あえて不利な要素を残すというのは、ゼロベースでスポーツカーを作るのではなく、量産車をベースにスポーツカーを生み出す「タイプR」の伝統を感じさせる。また、パワー的には有利なターボエンジンだが、これまでのホンダ・タイプRが、同社のキーテクノロジーである「VTEC」に象徴される高回転まで回る刺激的なエンジンとしては逆を行っているのではないか、という心配もある。
はたして新型シビック タイプRは、歴代のタイプRとは変わってしまったのか、それとも正常進化を遂げているのか。今回、市街地中心の試乗となり、ハイパフォーマンス領域を試す機会はなかったゆえに、かえって新しいタイプRが目指すところが見えてきた。
結論からいえば、「FFのNSX」といえるキャラクターだったのだ。
ホンダ製スーパーカーであるNSXは、初代モデルがデビューした際に「エブリデイスポーツカー」というコンセプトを掲げていた。スポーツカーやスーパーカーは、非日常性もセールスポイントになるが、日常的に使うことのできるフレキシビリティーや実用性(最低限のトランクスペースや空調の効き具合など)を兼ね備えることを目指していた。それでいて、刺激的な部分を両立したことは、世界中のスーパーカーに影響を与えたといえる。
今度のシビック タイプRは、まさしく「エブリデイスポーツカー」であり、「4人乗りのスーパーカー」といえる雰囲気を備えている。これまでのタイプRは、サーキット走行にターゲットを絞ったために街中での乗り心地はガマンを強いられる面もあったが、減衰力可変ダンパーを与えられた新型シビック タイプRは、ストロークセンサーと加速度センサーにより常に最適な性能になるよう調整されるので、市街地走行でも乗り心地の悪さを感じない。それは後席でも同様だ。
270km/hでの走行時にも安定させるよう大きな空力パーツがついているので見た目は派手だが、4人乗り(残念ながら後席は2人用)のファミリーカーとして導入しても、乗り心地に関しては家族からブーイングは出ないだろう。そのうえ、もともとがシビックのボディだから荷物を積むラゲッジスペースは十分に広い。
今回、市街地中心の試乗ということもあって、あえてファミリーレストランや大型商業施設の駐車場にも停めてみたが、全長439cm・全幅188cm・全高146cmのボディは予想以上に取り回しがよく、狭い場所での向きを変えるのも気にならない。
後席ドアは大きく開くので、前後ともに乗降性は良好で、ホンダがアピールする世界最速FFという速さを備えたスポーツカーとは思えないほど実用性が高いことを実感できた。
428万円という価格はシビックという名前からすると、あまりにも高価に思えるかもしれないが、世界最速のハイパフォーマンスに、これだけの実用性を兼ね備えた4人乗りスーパーカーだと捉えれば、かえってバーゲンプライスではないかと思えてくる。
最新の排ガス規制における最良のスペック(平成17年排出ガス基準75%低減レベル)となっているし、カタログ燃費は13.0km/Lと300馬力を超えるターボカーとしては十分な環境性能を持つ。実際、都内の渋滞も含めた市街地走行での燃費はメーター表示で8.5km/Lと、そのパフォーマンスやキャラクターからすると良好な部類といえそうだ。
ちなみに、瞬間燃費や平均燃費を表示するマルチインフォメーション・ディスプレイは、そのほかの機能として、平均車速、経過時間、外気温、推定航続可能距離、時計、トリップメーター、オドメーター、加速度メーター・ブレーキ圧計・アクセル開度計、ブースト圧計・水温計・油圧計・油温計、ラップタイム計測、0-100km/hタイム計測、0-400mタイム計測の表示が可能だ。
ギア比についても実用性が高いことが確認できた。サーキットベストを目指すと聞くと、かなりローギアードで、常にエンジン回転が高そうなイメージもあるが、直線区間で270km/hに達するニュルブルクリンクサーキットをターゲットに開発されたクルマだけにギア比は高めで、日本の法定速度内であればかなりエンジン回転数は低い。具体的に、6速100km/h時のエンジン回転数はメーター読みで2300rpmほどとなっていた。
ここまで、ほとんどエンジンのキャラクターについては触れていなかったが、ターボエンジンで“タイプRらしさ”を出せているのか、という点が気になるファンも少なくないだろう。おそらく、このエンジンはギリギリの状態で310馬力を出しているのではなく、かなり余裕を残している。
通常、ターボエンジンでハイパワーを目指すと、低速域での力不足を感じることが多いが、そうした面がほとんどない。ホンダ伝統のVTEC機構を排気側に装着したタイプR専用エンジンは、1速に入れてクラッチをつないだ瞬間から、トルクをしっかり出していることが実感できるのだ。そのままアクセルを軽く踏み込んだだけで、即座にブーストがかかっていく様子も、前述したマルチインフォメーション・ディスプレイにて確認できた。
ブーストがかかっているということは、圧縮された空気が吸気バルブの手前でシリンダー内に入ろうと待ち構えている状態だ。そのため、自然吸気のタイプRエンジンのように高回転まで回さなくとも、常に高圧縮比の自然吸気エンジンのようなトルク感とレスポンスが味わえる。つまり、日常的、常識的な速度域であっても、エンジンの力強さを感じられるのだ。これも「エブリデイスポーツカー」らしさにつながっている。
非日常性を高めたいならば、メーターの右側に用意されている「+R」ボタンをプッシュすればいい。こうすることで、メーター表示は赤くなり、ステアリングは重めになり、足回りは固くなり、エンジン制御も切り替わる。タイプR+R状態は、街乗りであっても、世界最速の片鱗を感じさせるほど刺激的なものだった。