後編 『ケイオスドラゴン』企画 太田克史氏(星海社COO)インタビュー
たとえ失敗しても「変えようとする側」でありたい
2015年12月19日 17時00分更新
一蓮托生になるように、製作委員会を2つ作った
太田 『ケイオスドラゴン』の話に戻ると、これからの「長い商売」というのは、マルチメディア展開も含めて考えねばと思っています。
アニメとスマホの連動も新しい仕組み作りの一貫ですけれども、製作委員会の人たちとも長く一緒に作品を育てていくことができればと思って、『ケイオスドラゴン』では現在の製作委員会方式から一歩踏み出す試みをしました。
東宝・SEGA・星海社という、長く一緒にやっているチームなので信頼関係があるからトライできたことなんですけれども。アニメとスマホゲームで、製作委員会を別々に2つ作ったんです。
アニメの製作委員会にもスマホの製作委員会にも、東宝・SEGA・星海社の3社が参加しています。出資の比率もある程度同じです。アニメの出資比率は東宝さんが1番、ゲームはSEGAさんが1番なんですけれど、それ以外はほぼ同じ組成になっています。
―― アニメもスマホも、同じ会社がそれぞれの製作委員会に参加していることで、どんなメリットがあるのですか?
太田 まず技術的なことで言えば、アニメとスマホの即時連動ができます。アニメとスマホの合同キャンペーンとか、アニメのイベントに来てくれた人には、「今からスクリーンにガチャが1回回せる券を映すので、ガチャッと回してくださいね」とか。そういうのは委員会が同じだからできるんです。
そして、2つの委員会のメンバーが同じというところが肝です。同じ製作委員会という船に乗っているので、全員が一蓮托生なんですよ。出版社も、アニメ会社も、ゲーム会社も、お互いアニメにもゲームにも出資しているので、アニメもゲームも全力で支援しないといけない。そして、当たればどの会社も公平に潤います。
―― 製作委員会方式というのは、出資した割合だけ利益分配されるという仕組みでしたね。アニメだけ、スマホだけに参加している企業がいない、ということは、アニメもしくはスマホだけ儲かれば良いという企業が出ないのですね。
一緒に汗をかこう
太田 短期的に見たら、出版社は原作の版権を貸して、出資した作品のうち1本か2本当たりが出ればいいやという感じで、汗はかかずに何とかなるのかもしれない。でもそれは短期的なものです。
長期的にはもう無理でしょう。でないと、いつか一緒に組むべき会社から見放されてしまう。
時代的にも、今はネットが発達して作家が自分で本を売れる時代なので、編集者は“どうやって売っていこう?”というところをすごく考えないといけない。
僕がいる会社と立場であるなら、メディアを横断して考えられるようにならないとダメだなという危機感があります。ダメというか、そっちのほうがファンも作家さんも喜ぶじゃん、と。作家さんだって、そういう編集者がアニメとかゲームまで見てくれるなら安心なわけです。
やっぱり何か意義があることをやりたいんですよ。後々、「あのとき変えたよね」と。変える側に少なくともいたいし、僕が変えるのを失敗したとしても、「太田は失敗したけれど、変える側にはいたよね」という。無影響じゃなかったねという感じのことをずっとしたいなと思っています。
即効性のある売り方にすれば、売れるものはより売れるという循環があるんだけれど、消費速度も速くなってすぐに終わってしまう。それって作品にとってもったいないと思います。
時間はかかるし、成功の確率は下がるかもしれないけれども、難しい売り方に挑戦していかないと、作家が長く活躍できるような体制ができない。
次から次へと新しい作家さんを起用してヒットを飛ばす編集さんがいることも、もちろん大事なんだけれど、僕は、才能に惚れ込んだ作家さんと長く一緒に仕事をしたいし、長く活躍できるようにしたい。そのための仕組み作りをしていきたいんです。
―― 汗をかいて長く育てる、ですか。農業みたいですね。
太田 そうですね。だから結構大変ですよ。大変で手がかかるけれど、最終的にそのほうが楽しい。委員会も同じなんですよ。メンバー全員が当事者で、一緒に汗をかく。
(隣を見て)東宝さんにもすごく一生懸命やっていただいています。
東宝・是枝(広報担当) 太田さんには、アニメの編集会議にも全部出席していただいています。
―― え、全部ですか?
太田 出ています。アフレコも脚本会議も全部。
もし本当にこの船がうまく進めば、また同じチームでやろう、と。そのときに、「東宝・セガ・星海社がやるんだったら、うちもやりますよ」と参加してくれる方が出るんじゃないかと思っています。視点としては長期的ですね。短期的にはよく言うと愚直な、悪く言うと頭の悪いやり方をやっています。
それで一緒に仕事をしている方々から、また一緒に遊んであげようかな、ぐらいに思われたい。小学生のときと変わりませんよ。家の前で「○○君遊ぼう」と言ってくれるのがうれしい。立場とか時が過ぎても、また集まって何かやろうって思ってくれるところが、たぶん大事かなと。
―― 最後に、『ケイオスドラゴン』はハッピーエンドになりますか?(※取材時には最終回未放送)
太田 僕はハッピーエンドの男です(笑)。それは主人公の忌ブキくんが、最終回に自分の頭で考えて自分で決断するから。決断するということは、必ず何かを失うということと同義です。それは現実でも、すべてを100%得られる決断なんか決断じゃないでしょうということです。
アニメも現実も、自分が納得いって、自分が自由に選んだということ、そのものがハッピーなんだということですね。
著者紹介:渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。著書に『ワタシの夫は理系クン』(NTT出版)ほか。
連載に「渡辺由美子のアニメライターの仕事術」(アニメ!アニメ!)、「アニメリコメンド」「妄想!ふ女子ワールド」(Febri)、「アニメから見る時代の欲望」(日経ビジネスオンライン)ほか。
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