人間とパーソナルコンピューターは同じ夢を見るのか
PCと人間の概念を覆しかねないシンギュラリティーの正体
2015年08月25日 10時00分更新
われわれはいま、「特化型AI」の時代にいる
カーツワイル自身、「ポスト・ヒューマン誕生」の中でマーシャル・マクルーハンの「まず、われわれが道具を作り、次は道具がわれわれを作る」という有名は言葉を引用している。
テクノロジーによって人間の思考、感覚、行動様式、判断基準は案外にあっさり変貌してしまう。だからこそ、すでに日常の生活の中に「特化型AI(Artificial Intelligence:人工知能)」があふれていても、そのことには容易に気付かない。
AI=人工知能などと言うと一般にはソフトバンクの「Pepper」のような人型のロボットや、IBMの「Watson」のような意思決定支援システムなどを連想してしまう。だが、たとえば、ドライバーであれば誰もが利用するカーナビだって道路情報と経路案内のための特化型AIである。いま、どれだけの人たちがカーナビの世話にならずに目的地まで、最短時間かつ最短距離でたどり着くことができるだろうか?
ほかにも、アップルの音声操作システム「Siri」やマイクロソフトのLINE用会話エンジン「りんな」(女子高生AIという設定になっている)も特化型AIのひとつだろう。出版の現場にも「ロボット・ジャーナリズム」と呼ばれる海外ニュースの翻訳/話題のネタの収集/(読み応えのある)記事の執筆などを行なう特化型AIの進出が予想されている。シンギュラリティーとは、これらの特化型AIが統合されていくプロセスなのだろう。
パーソナルコンピューターが役割を変えたとき、新たな夢が見える
当連載の7回目で、インターネットを使っているという自覚が希薄になる「ポスト・インターネット」について言及したが、いまやわれわれはコンピューターを使っているという意識すら消失するような時代の局面に立っている。
「パーソナルコンピューターが売れなくなっている」という事象は、シンギュラリティーへの道程で発現したひとつのトピックと捉えたほうがいい。われわれを取り囲むコンピューターの数は今後ますます増え続けるが、それはもう旧来の「かたち」ではなくなっていくはずだ。
つまり、パーソナルコンピューターがその役割を変えていく(終えていく?)のは押し止めようのないことであり、創造性は将来、人間がAIとの協調/協働の中で共に育んでいくものになるのかもしれない。そう考えるとむしろ重要なのは、パーソナルコンピューターの“コンピューター”のほうではなく、“パーソナル”という概念の変質、「人間性」や「人間的」といった言葉の再定義なのではないだろうか?
人間は人間で、コンピューターはコンピューターでそれぞれ進化してきたこれまでから、冒頭で述べたように人間の体内にナノテクノロジーを始めとするコンピューターが入り込んでいく。ナノテクノロジーが体内で主体的に動けば、人間の精神や意識も拡張され、一体となった進化を遂げることもあり得るだろう。
このとき、西欧近代の首尾一貫した“個人”の観念は揺るがざるを得ない。“私”と同じ身体情報をもったロボットが私以外にも存在する状況において、“私”とはいったい何なのか? こうしたプロセスの中で自らの創造性の拡張装置としてのパーソナルコンピューターの夢も変容する。そして、きっと、シンギュラリティーの時代の新しい夢が出現してくるに違いない。
名匠スタンリー・キューブリックの傑作「2001年宇宙の旅」(1968年)で、宇宙船ディスカバリー号の乗組員を巧妙に排斥しようと企んだ人工知能「HAL 9000」は、その密かな企てを見破ったボーマン船長によってすべての機能をシャットダウンさせられる。その際、HAL 9000が混濁しつつある意識の中で「怖い……」と訴えるシーン、そして初めて教えてもらった人間の歌を懐かしく口ずさむシーンは、本物の人間よりも人間的なものを漂わせてはいなかっただろうか。
アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックによって脚本が書かれ、キューブリックが監督したSF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」。小説版は映画公開後に執筆されている。リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れる導入部が印象的 |
著者紹介――高橋 幸治(たかはし こうじ)
編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。現在、「エディターシップの可能性」をテーマにしたリアルメディアの立ち上げを画策中。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。
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