「彼女がいなかったら、あのピッチは無理だった」
そして2014年11月、多田さんはラスベガスの「re:Invent 2014」のセッションに登壇する。500人の観衆を目の前にした英語でのピッチは、日本の聴衆はもちろん、海外の聴衆からも大きな喝采を浴びた。これは「私のクラウドへの取り組みをわかってほしい」という思いが頂点に達した結果だという。
実は多田さんはre:Invent 2014の4ヶ月前に「AWS Summit Tokyo 2014」でも登壇している。しかし、「ほぼ直立不動で、本当にあがっていた。失敗したと思った」(多田さん)という反省があった。そのため、re:Invent 2014に向けて発音、表情、立ちふるまいに至るまで、とにかく練習を重ねた。そして、用意したのは「自分が理解できる英語じゃないと絶対ダメだと思い、社内の通訳さんとニュアンスの部分まで調整を重ねた」(多田さん)という完全な台本だ。
こうなると、もはやプレゼンテーションというより、完全に舞台。完璧を求めすぎ、辛くなった多田さんに、プレゼンをともに作ってくれた通訳さんは、「もともと英語はできないわけだし、今あなたができるレベルで、あなたが言いたいことを言うことが大事。それができないと、人は成長しない。今あなたができることをやりなさい」とアドバイスしてくれたという。「彼女がいなかったら、あのピッチは無理だった」と多田さんは振り返る。
「HONDAだからこそ、できると思っている」
前述したとおり、HONDAはクラウドの導入計画を進めているものの、全面移行に一気に舵を切ったわけでもないし、本番で利用しているのはHPCなど一部の分野にとどまる。多田さんのようなクラウド推進派は今も社内や組織の壁に当たり続けながら、ITの新しい波を社内に持ち込もうとしている。そして、レガシーシステムや既存のハードウェアビジネスを守りたい情シスやSIerも、新しい波にあがなう確固たる理由と理論武装がある。おそらく日本のエンタープライズには、どこも同じような変革に対するせめぎあいがあり、戦いがあり、議論がある。争いあうのは仕方ないかもしれない。
こんな苦難を重ねても多田さんがHONDAにこだわるのは、“強烈なHONDA愛”があるからにほかならない。むしろHONDAのDNAに従うからこそ、戦い続けるのだという。
「『そんなに大変なら、別の会社に移ればいいじゃん』とよく言われるんですけど、結局HONDAが好きなんですよ。普通の自動車会社じゃないHONDAだからこそ、できると思っている。歴史的に見ても、破天荒な創業者がいて、そのイデオロギーが人を惹きつけてきたわけじゃないですか。それから比べれば、私がやっていることなんて、なんにもクレイジーじゃない。全然たいしたことじゃない」(多田さん)
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「破天荒な創業者に比べれば、私がやっていることなんて、なんにもクレイジーじゃない」
「ものづくりに携わっている研究者の人には、もっとクレイジーになってほしい。だったら、管理部門は研究者を縛り付けるのではなく、もっと暴れやすく、自由にさせる環境をつくるべき。縁の下の力持ちが枠を作ってしまったら、そこから出られなくなる。『そんなこと本気でできると思ってるのか?』と言われるようなクレイジーな人が時代を塗り変えるじゃないですか。そんな人がいっぱい出てきてほしいし、そんな彼らをせいいっぱいサポートするのが、むしろ情シスの役割だと思います」(多田さん)
エンタープライズの情シスの一員として、情シスの役割と使命に悩み続けてきた多田さん。炎のようなクラウド愛、HONDA愛を胸に秘めた彼女は、JAWS-UGというコミュニティを得て、日本のエンタープライズ情シスを変える新たな戦いに挑み始めている。
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