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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第38回

【前編】『SHIROBAKO』プロデュース 永谷敬之氏(インフィニット)インタビュー

『SHIROBAKO』永谷Pの覚悟――「負けはPの責任、勝ちは現場の手柄」

2015年07月11日 15時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko) 編集●村山剛史/ASCII.jp

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(C)「SHIROBAKO」製作委員会

永谷 実際、作品のなかでアニメを作る現場を見せているので、最終回が納品遅れで放送されないとか、あまり格好悪いことをしてしまうのは、理想と現実には差があるねみたいな事態はどうしても避けたかったので。

 原則的には、放送の2週間前にオンエアのマスターを入れるというのが大体のお約束なのですが、今回は最後の最後までクオリティーを上げるために粘って粘って。

 こんなに(スケジュールを)引っ張ったのは僕も経験がないことですが、やっぱり監督以下、現場が頑張っているからこそ、まだできる状態であれば……。「はい、ここまでで作業終了です」と言っちゃうことは簡単なんですけど、現場の見せ場が作品の出来だとすれば、プロデューサーサイドの見せ場は「ここで粘らなくては……!」というものでして(笑)。

―― 「粘る」というのは、具体的にどういうことをするのでしょうか。

永谷 格好良く言っちゃえば、現場が望むものを達成させるために、テレビ局などに対してネゴをする。でも、実際何をやっているかと言えば「ごめんなさい、ごめんなさい」ってひたすら謝っているだけです(笑)。

―― 「ごめんなさい」と謝る……。

永谷 テレビ局さんからすればスケジュール通りの納品が最優先なんです。特に製作委員会方式の場合は、(テレビ局は)枠を買ってもらった時点でビジネスとしては成立しているし、U局系が多いので視聴率も出ません。クオリティーを上げるより、一刻も早く納品してもらったほうがいい。だけど、僕らは作っている以上はクオリティーが最優先で『これは面白い!』と思うものをお客さんに届けたい。

―― そこまでしてクオリティーを追求するのはなぜでしょうか。

永谷 1つは、(永谷氏が)現場のスタッフに対してできることはそれ(作品を満足いくまで制作してもらうこと)だから。『この作品をやってよかった』と思う要素はスタッフによって異なりますが、人の目に留まりやすいAmazonのランキングなど、数値化されている評価に直接フィードバックしてあげることは、僕らプロデューサーが頑張るところだと思っています。

 このクオリティーなら現場に対して恥ずかしい思いをさせることはない、というところまで、時間も含めたリソースをできるだけ提供してあげたいと思うんです。

 もう1つは、お客さんになってくださる方のためです。

 すごく直球を投げちゃうと、“ビジネスとして成立させるため”です。このアニメを評価していただいて、お客さんから対価をいただくのが僕らの仕事なので。

―― クオリティーのアップは、お客さんに映像を買ってもらうためでもあるのですね。

永谷 はい。厳密には「クオリティーを上げる」と「売り上げ」は完全に直結しない場合もあるんですが、作品の密度を、お客さんに喜んでもらえる方向に高めるということですね。

僕のなかで大きな軸としてあるのは「ユーザーの自分は、このクオリティーのものを買うか」です。僕自身がアニメファンでユーザーだったところから出発しているので、自分が買いたいと思う作品かどうかは非常に大事にしたいなと思っています。

 僕らがつくっている「テレビアニメ」は、お金を出さなくても観られます。観てもらった上で、お客さんにお金を出していただくというのは、じつはなかなか難しい商売です。映像ソフトは高額で、もしかしたらDVDやBlu-rayを1巻分買うよりも、原作コミックス全巻を買うほうが安かったりすることが往々にしてあります。

 その高いものを買っていただくためには、お客さんに最上だと思えるものをお届けして、最上の評価をいただかないといけないので、ビジネスを成功させるためにも、プロデューサーは粘るところは粘るんですね。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

『SHIROBAKO』は企画を成立させるのが難しいと思った

―― 永谷さんは『SHIROBAKO』ではどんな仕事を担当されましたか?

永谷 まずうちの会社、インフィニットは、アニメの企画会社です。製作委員会方式のアニメの場合、プロデューサーと名の付く人は、アニメ制作会社のPや出資した各メーカーのPなど何人かいるのですが、僕は企画会社のPという立ち位置です(P=プロデューサーの略称)。

 今回の『SHIROBAKO』であれば、堀川社長から「アニメ業界のアニメをつくりたいんだ」と伝えられた僕が、「じゃあ製作委員会をつくります」と動いて、製作するためのお金をテレビシリーズ2クールなら5億くらい集めた上で、作品が売れるように宣伝を打ち、イベントを企画し、グッズを作るといった仕掛けも施す……という仕事をしました。

※掘川憲司氏。アニメ制作会社P.A.Works代表取締役。本連載『花咲くいろは』記事参照

―― ということは、『SHIROBAKO』の企画をテレビアニメ作品として成立させるべく動かれた方なのですね。

永谷 そうなります。

 でも、最初に掘川さんから「アニメ業界のアニメをつくりたい」と持ちかけられたときは、正直、難しいなと思いました。

―― どんなところが難しいと思われましたか?

永谷 まず「アニメ業界で働く人々を描く」って、自分たちのことですよね。傍からは若干のネタ切れ感も見えるだろうし、身内を描くって非常に難しいなと思いました。

 たとえば、理想論が入って美化されるかもしれない。美談にしたらもう、自己満足にしかならないからお客さんには届かないものになってしまいます。

 反対にリアルにやりすぎると、アニメ業界のすべてが見せられるわけではないので偏ったイメージを良くも悪くも与えてしまうかもしれない。

 そしてリアルとファンタジーのバランス取りも難しい。リアルに描けばいいというものではないし、逆もしかりで、エンタメに振り切って、現実にはないファンタジーを描いてもしょうがない。

 たとえば『花咲くいろは』は、旅館の仲居さんをやっている女子高生たちのお話ですが、(エンタメに振り切って)女子高生が毎週お風呂に入るところだけをクローズアップしたら、作品の軸がぶれてしまいます。

 リアルとファンタジーのどこを取るか。そのストライクゾーンが今回、すごく狭かった気がするんです。

(次ページでは、「アニメ業界仰天!? 『SHIROBAKO』に企画書は存在しない」)

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