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時計をめぐる四方山話 第6回

時計業界ではおなじみのサファイアクリスタル

Apple Watchのディスプレーはゴリラガラス3倍強の硬度が守る

2015年04月24日 09時00分更新

文● Watch Your Watch 編集●飯島恵里子/ASCII.jp

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精密機器を保護するために辿り着いた素材

 Apple WatchのRetinaディスプレイを守るサファイアクリスタルが「ドリルでもキズがつかない! ハンマーでも割れない!」と話題になっている。あなたのまわりでその堅牢さに全然驚かない人がいたらその人は時計好きかもしれない。デジタルガジェット界では目新しく感じるサファイアクリスタルという素材は、腕時計業界では風防=文字盤を守るガラスの代表的な材料としておなじみのマテリアルだ。

 ガラスの歴史は古く、機械式時計よりはるか以前から存在していた。時計は埃を嫌う精密機械だが、文字盤を覆ってしまうと時間を知ることができない。密閉しつつ計時表示ができるように、ガラスが用いられたのはごく当然だった。ガラスが割れやすいことは、置時計ではあまり問題にならない。

 しかし懐中時計では風防は大きなウィークポイントとなる。古い懐中時計はその欠点を補うため、風防を金属製のカバーですっぽりと覆う「ハンターケース」が一般的であった。ハンターとは狩猟をする人のこと。当時時計を所有しかつ狩猟を嗜むのは上流階級に限られる。贅沢なアクティビティであるハンティングの最中も、安心して時計を使いたい彼らの要望に応えた時計がハンターケースだった。ポケットから時計を出しその蓋を開ける所作は、持つ人のステイタスを感じさせるものであった。

ハンターケース仕様の懐中時計

 1899年の第二次ボーア戦争で、懐中時計は腕に巻かれるようになる。いちいちポケットから出していられないから時計を腕に乗せたわけで、戦いながら時計の蓋を開け閉めなどやっていられるはずがない。戦場で選ばれる時計は、ガラスの風防むきだしのオープンケースというタイプだった。

 戦場での衝撃や埃にさらされるガラスの風防は、格子状のメタル製ガードで武骨に守られた。ガラスへの対策はその後も続く。1904年に非軍用時計として設計された初めての腕時計といわれるカルティエ「サントス」が誕生する。ネジでとめられたサントスのベゼル(風防を取り巻く枠)は、実はガラス交換を容易にするためのディテールだった。1931年に生まれたルクルトの名品「レベルソ」はケースを180度回転させてガラスを守る仕組み。それぞれ気球飛行やポロ競技などのアクティビティでもエレガントな腕時計を身につけていたい紳士のために生まれたアイデアだった。

 ガラスは割れるもの、欠けるものという有史以来の常識を変えたのが、1934年に工業化された有機ガラス。いわゆるアクリルだ。ガラスの10倍〜16倍の強度があり、万一割れても細かい破片がでないためムーブメントへの影響が生じにくい。航空機や自動車が普及した時代でもあり、腕時計にはタフさが求められていた。腕時計の風防は一気にアクリルが主流となる。アクリル風防は、腕時計の進化に大きく寄与した。しかしアクリルには、割れにくいがキズがつきやすいという弱点があった。「強度が高いのにキズ?」と思われるかもしれないが、頑丈さには硬度と強度ふたつの要素がある。アクリルは、強度は高いが硬度はガラスに劣る。キズが増えると視認性が落ちるうえに、なにより時計が古びて見えてしまう。

硬度はゴリラガラスの3倍強

 サファイアクリスタルは、キズがつかず割れないガラスとして時計業界が最後に目をつけた素材だ。参考値としてアクリルはビッカース硬度30HV、強化ガラスが640HVなのに対してサファイアクリスタルは2300HV(ちなみにステンレスは140HV、ゴリラガラスでも最大701HVだ)。引張強度はガラスが30MPa前後、アクリルが120MPa前後、サファイアクリスタルはなんと2250MPaだ。化学物質にも強く透明度も高い。腕時計の風防には理想的な素材だ。ロレックス「デイデイト」は1970年代後半からサファイアクリスタルを採用している。現在の高級時計の風防はほとんどがサファイアクリスタルで作られている。

 しかしサファイアクリスタルは、高級腕時計以外ではあまり普及していない。ガラスやアクリルのような量産ができずコストが高いからだ。サファイアクリスタルは、高純度アルミナの単結晶。生成には2000度の高温と高圧が必要で、時間をかけて結晶化させるしかない。さらにここまで硬いと加工も簡単ではない。サファイアクリスタルの成形にはダイヤモンドを使った研磨しか方法がないのだ。ほとんどの腕時計の風防はフラットに磨き上げているのはそのためだ。

 またサファイアクリスタルは通常のガラスよりも比重が高いため重い。ケースにアルミニウムを採用して軽く仕上げたApple Watch Sportが、サファイアクリスタルではなくIon-Xガラスを採用した理由のひとつに、重量の問題があると推測できる。

 なかには自由なデザインの風防をあえてサファイアクリスタルで表現している腕時計もある。例えばフランク・ミュラー。「トノウ・カーベックス」の柔らかなカーブを描いた風防をご覧になったことがあるだろうか。あれは分厚く切り出したサファイアクリスタルを表裏それぞれ研磨を重ね、時間をかけて成型しているのだ。

 Apple Watchの風防もケース本体に合わせて美しいカーブを描いている。それがいかに大変なことなのか、また腕時計がサファイアクリスタルにたどり着くまでの道のりがいかに長いものだったか、理解できるはずだ。いま幸運にもApple Watchを手にしている人とこれからユーザーとなる人は、ドリルやハンマーではなく、ハンティングにも時計を携え馬上でも腕時計を身に着けていた紳士たちのように、是非アクティビティの場でその堅牢さを満喫していただきたい。

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