サラウンドに大きな感銘を受け、自身のレーベル立ち上げに
── 新レーベルのプロジェクトを立ち上げられた経緯について教えてください。
阿部 「7年ほど前、藤田恵美さんと初めてサラウンドの収録をさせていただく機会がありまして、そのときに大きな感銘を受けました。そしてその後、たまたまサラウンドで録音するチャンスが続きました。
第2弾は、HYPSの限定盤でアナログマルチとPro Toolsを使ったデジタルマルチの両方をまわして同じ音を録音。アナログの音源はLPレコードに、デジタルの音源はHybrid SACD(ステレオのCD、DSDステレオ、DSDマルチの3フォーマットで収録)にするということをやりました。
第3弾が藤田恵美さんの『ココロの食卓』というSACDで、これにもサラウンドのトラックが収録されています。
しかしその後、長い月日が経っていきました。またやりたいという要望は何度も伝えてきたのですが、こうした企画はいちエンジニアの意見だけではなかなか通りにくい。そこで“3部作”を一緒に進めてくれた、ポニーキャニオンの溜さんに相談し、マルチチャンネルに協力してくれるようなアーチストを探してみようということになりました。やはり『難しいのかな……』と思い始めたころの話です。
結果として、レーベルを新たに立ち上げ、原盤をわれわれが持つ……というプロジェクトとして固まり、今回のリリースにつながったんですね」
リスナーの聴く環境になるべく近い場所で作業を
── 本日はどんな作業をしていたのですか?
阿部 「ミックスが済んだ音源の“確認作業”ですね。(民生機を使うことで)リスナーと同じ環境でミックス作業をするという考え方で進めています」
── ご自身のスタジオであれば慣れた機材と慣れた音で作業を進められると思うのですが、今回はオーディオメーカーの試聴室での作業です。こうした新しい環境での作業に難しさはないのでしょうか?
阿部 「そういう面もあるのですが、いちエンジニアの立場で言うと、音は作業するスタジオによって違います。だから仕事に不自由はないですね。
以前ソニーの金井さん(AVアンプなどの開発者として知られる金井隆氏)のところで作業したときもそうだったのですが、こういう試聴室、つまり民生機を開発したり披露する場所では、当たり前ですが、いい音が鳴らないといけないわけですね。
あまり大きな声では言えないですが、下手するとスタジオよりもいい環境だったりするんですね。だからここでの作業は、僕にとってとてもやりやすいんです。
また仮に自宅のスタジオで作業した音源だったとして、それはどこで聞いてもしっかりと再生できる必要があります。そうでなければ元(音源)がおかしいことになる。そういう考え方で進めています。そして何より重要なのは、中身=音楽がちゃんと伝わるかどうかだと考えていますから」