BiSの音はボーカルに加え「楽器の音」も出したい
小島 我々はラックスマンという、1925年創業のオーディオ専業メーカーです。創業当時はNHKのラジオ放送が始まったばかりで、音楽を聴くというよりはラジオを聞くことが趣味のひとつでした。以後、放送の品質が上がるに連れ「いい音で聴きたい」という人が増えて、さらにレコードやCDが出現して、メディアが変わったり、音楽の流行も変化したりしながら、再生機器側の性能も追従してどんどん進化していく。これが八十数年続いてきているんですよ。
松隈 なるほど。
小島 現在はヘッドホンで聴いたり、PCにスピーカーをつなぐスタイルが主流です。そういう環境でバランスよく聴けることが音楽の作り手の目標という一面もあり、本格的なオーディオと現代の音楽の相性が悪いという不都合が起こり始めています。松隈さんが作っているアイドル系のサウンドは、90年代からゼロ年代始めに流行したカッコいい音楽を女の子が歌うというイメージですよね。リスナーは若い人はもちろん僕みたいな40代もいます。この世代の中には、本格的なオーディオの経験者もいるんです。そんな人たちの中で、PCを使ったオーディオが流行り始めています。
松隈 USB-DACなどですね。
小島 はい。大きくはPCオーディオと呼ばれています。PCの外部で音楽をアナログに変換して、できるだけいい音で楽しもうという人たちが増えています。最初は、音の良し悪しを自分の耳で確かめた経験が少ない人ばかりだと思っていました。ですが、店頭でイヤホンの聴き比べをしたり、自分で何個も買い替えたりする人が多く、音の違いがすごくよくわかっている。そういう意味ですでにオーディオ経験がある人たちなので、PCにDACをつなげて音がよくなったとか、自分が今まで聴いてきた音楽に新しい部分を発見したという感動があるのでしょう。もちろん中には、BiSのようなアイドルミュージックも聴くという人たちも多いわけです。そのような人たちのために機器のよさをより引き出してくれるような音楽を送りだしていただきたいなと。
松隈 ディレクターなど売る立場の人々は、ビルトインのスピーカーが基準だったりするわけです。ボーカルの音量の多さが必要なんですよね。だから質感以前の問題で、クリエーター側が結構悩んでいる部分だと思います。
小島 そんな中でBiSはちょっと違うサウンドのように思えますが。
松隈 僕らはボーカルの音量を減らしたいワケではなくて、楽器の音も出したいんです。楽器を出すと、バランス的に「ボーカルを上げて」と言われてしまう。でも、「もうこれ以上はボーカルが上がらないですよ」と。そのやり取りが圧倒的に多くて。
小島 少し前のポップスであれば、それこそ有線放送を流す店先のラッパスピーカーなどでの音の出方を気にしたと思うんです。今だとYouTubeなのかな。CDショップの試聴機のヘッドホンなら、そこそこの音質で聴けますよね。
松隈 クリエーターからすると、たとえばMacのスピーカーで聴くと低音がなくなってしまいます。ボーカルばかり出していても薄っぺらになってしまうから、僕はどうしても楽器を出したい。ですが、売るには声を聞かせてナンボなので、仕方がないですよね。
小島 BiSの場合、仕上がりとしてちょうどいい感じのバランスになっていますよね(笑)。ユーザーの環境ごとに違いが出るとすれば、低域の量感だと思います。小さいスピーカーでバランスを取ろうとすると、低域を入れすぎてしまうということはないですか?
松隈 意識しちゃって、低域を入れすぎてしまうことはあります。
小島 曲の大事なところで低域が必要という場合だと、それが聴こえるか聴こえないかみたいな細かい話になってきますよね。
松隈 ただ、クラブやライブハウスで流すときには低域がないと……。BiSの場合は特にオケでやっているから、音源をそのままライブで流す場合が多いんです。そうなると超低域を出したいって思うこともあります。