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なぜバイドゥはSimejiを買ったのか? 開発者から真実を聞く

2012年05月17日 12時00分更新

文● 美和 正臣、写真● 小林 伸

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 2011年12月13日、予想外の企業がAndroid向け日本語入力メソッド「Simeji」の買収を発表した(関連記事「バイドゥ、IMEの「Simeji」を取得しスマホ市場に殴り込み!」)。その企業とは百度(バイドゥ)。中国国内においてはGoogleを抑え1位のシェアを、世界でも第3位のシェアを誇るという。
 買収から約4ヵ月が経ったが、Simeji開発者は百度に入り、何を感じ、どう行動したのか? ここに興味を持ち、今回のインタビューをお願いした。お相手をしてくれたのはSimejiの開発者であるモバイルプロダクト事業部部長の“Adamrocker”氏こと足立昌彦氏、そしてデザイナーであるモバイルプロダクト事業部マネージャーの矢野りんさんだ。
 買収されようと思ったきっかけは一体何だったのか。そして日本でもあまり内部の様子が聞こえてこない百度とはどんな会社なのか。まずは、このあたりから話を聞いていこう。

百度に入って中国人のイメージが変わった

足立昌彦(あだち まさひこ):バイドゥ株式会社モバイルプロダクト事業部 部長。大手メーカーの研究所勤務を経て、サンフランシスコでAndroidアプリを開発。日本国内で3人のみが認定されたGoogle API Expert Android の一人。Android開発の第一人者であり、Adamrockerという通称名で知られている。2011年12月よりバイドゥ株式会社入社。現在、モバイルプロダクト事業部責任者として、Baidu本社の開発チームと製品開発に関わる一方、グーグルイベントなどでの講演、書籍等で開発者に向けた情報発信を積極的に行なっている。

矢野りん(やの りん):バイドゥ株式会社モバイルプロダクト事業部 マネージャー。フリーランスのデザイナーとして、メーカのWebコンテンツなどデザイン経験多数。2011年12月 よりバイドゥ株式会社入社。自社プロダクトのSimejiやBaiduIMEのUX/UIのデザインやプロモーション企画・デザイン担当。Android女子部を主催するなど、国内におけるAndroid普及に努めている。バイドゥ株式会社でSimeji(シメジ)を中心とするサービスの開発に関わる一方、大学でも教鞭を振るう。講演多数。書籍の執筆も行っている。

――百度にSimejiが買収されると発表されたのが2011年12月13日ですが、この買収という話はいつ頃から動きはじめていたのでしょうか?

足立:2011年です。知り合いの方から「Simejiに興味を持っている会社さんがあるんだけど、そういう買収みたいな話は興味ありますか?」というアクセスがあったのが最初です。すごい軽いノリで「話くらい聞いてみます」と返事をしました。最初、Facebookのメッセージで来ていたのですが、8月までそのメッセージに気付かずに放置していて……ですから話があったのは2011年の前半くらいですね。Twitterのダイレクトメッセージで「メッセージ読んでますかー」と言われて、初めてFacebookにメッセージが来ていることに気づきました。

――アクセスがあったときに「お二人とも一緒に」ということだったんですか?

足立:そうです。「モノだけ買っても仕方がない。日本でこれから製品を広めていきたいので、お二人ともぜひ入ってほしい」ということでした。それが9月くらい。

――「買いたい」という話があったときに「えらいこっちゃ」と思いませんでした?

足立:えらいこっちゃでした。まず、契約書がすごい紙の量で(笑)。

矢野:足立さんはずっと海外にいたのでそういう認識がなかったように思います。最後までSkypeの薄い音で「アダチです」みたいな感じだったので(笑)。私は「コトの重大さをわかってるの?」という感じでした。東京に住んでいるのでちょくちょく百度に呼ばれて中国の方ともお話してるんですけど、足立さんはサンフランシスコにいたので、契約の締結までに2回くらいしか会ってない。

足立:サンフランシスコに百度の方がノベルティーセットとか手土産にやってきたのですよ。「契約の説明をするためにきました。何かあったら呼び出してください」と。これからこういう風な手続きを踏んでいきますと概要を教えていただきました。場所はフランス料理屋さんで、マッスル(ムール貝)を食べてお話しました。「マッスルだ」とか喜んで食べてたら、貝好きだと思われて貝ばっかり出てきて「どうしよう、これ……」と思って(笑)。その食事のあと「1週間こちらにいます。不安なことがありましたらいつでも呼び出してください」と言われたのですが、矢野さんが元気そうだから大丈夫だな、と思っていたんですよ。「やだ」とか、そういったアクションもないし。百度の人に「多分、大丈夫だと思います〜」みたいなこと言って放置していたら、あまりにこっちから連絡しないので向こうから「明日北京に帰るので、今日、お昼をご一緒しませんか?」って連絡が来ました。こっちは忙しかったので「ああ、そうですか。気をつけて帰ってください」と返したら、「午前中に時間があるんでモーニングしませんか?」って気を遣われました。そのときは「めんどくせえな」とか思っていたんですけど(笑)、今考えれば相当に気を遣っていただいていたんだとわかりますね。

矢野:実際、余裕がある対応ができたのは、かなり早いうちから弁護士さんに丸投げしていたところが大きいでしょうね。正直、契約書を読んでもわからないことのほうが多いですし、おまけに英語だし、計算の仕方もわからない。国際弁護士さんにお願いして全部読んでいただきました。会計士さんにも早いうちから契約金関係を見ていただいて、一切余計なことは言わなかったんですね。よくある「弁護士さんに聞いてください。わかりません」っていうスタンスです。

足立:(本社の)陳さんから怒られたもんね。「あなたが契約するんですよ、あなたがリードしなくてどうするんですかっ」て。

矢野:実際こういう案件のときってそうだと思うんですけど、買いたいってほうに自分の言い値があるわけじゃないですか。その間に心理戦もあるんですよ。「じゃあ、いらないかなあ」とか、「これで決まらないならなしですよ」とか。そういうのも含めて全部勇気を持って弁護士さんに投げていたので、あんまりいろいろ気を使わないで済みました。

――それが買収発表の3ヵ月前ですか。すごくとんとん拍子で進んだんですね。

足立:1〜2ヵ月で決めるぞと決めてましたから。それくらいだったらいいかと。

――12月13日に発表がありました。そして百度という会社に入ってみてどうでした?

足立:元気ですね。中国に開発、マーケティング、デザインに携わっていらっしゃる方が数多くいるのですが、入社後、とりあえず顔合わせをするためににシンセンに行ったら、向こうの人たちは今までの中国人像とかけ離れていました(笑)。
 よく日本のメーカーの人とかがが中国に行って失敗したとか言いますよね。「あいつら働かねえ」とか「すぐ辞める」とか「技術盗まれる」とか。そういったネガティブな話を聞いていたんですけど、まったくそんなことはない。「おれの仕事はなんだ」と自分からアグレッシブに仕事をとりにくる。
 まず開口一番「これからのSimejiの開発スケジュールを出してくれ」って言われて、そんなこと考えていないから言われても困るなぁと思いましたよ(笑)。とりあえず今やりたいことをやるかと、等間隔でスケジュールを書き込んでいったら「おお、素晴らしい。われわれは何をやればいいんだ!」と来るわけです。すごく働き者だなぁと。狭い部屋に4、5人が入ってディスカッションがあったとするともうすごい。「これはこういう意図で」とか説明し始めると、最終的には全員が立ってホワイトボードに向かって「ここがね……」とか説明している。会議の最後は拍手です。すごい会議だ! 日本の企業はこういうのないなと(笑)。

百度の社内は米国のITベンチャーと同じような雰囲気だ。こういった旧来の企業にはない環境が百度の中国市場での躍進の一端を担っているのだろう

――こういったのは前にいらっしゃった会社とはまた違った雰囲気ですよね。

足立:前に日本の企業にいたのですが、みなさん頭がいいので、ひとこと言ったら10くらいわかる方ばかりでした。ぼそっと言ったら、わかったわかった、と。中国の方は言語の壁があるので「なんでだ? どうしてだ?」となるわけです。理解したいという姿勢があります。それで僕が日本ではこうなんだよ、とかいろいろ説明します。

――言語は英語?

足立:そうです。百度は優秀な方が多いので、英語が通じます。でも、中国ですので一歩外に出ると英語はまったく通じません。お店で“One”とか言っても通じない。ここでは住めないな、これ、One欲しいんだけど(笑)と、いつも思います。

――今まで自分で作ってきたものを百度から買いたいと言われて、それを持って新しいところへ行くということは勇気が要ることだったと思いますが、それぞれプログラマー、デザイナーとやってきて大きな転機だったと思います。最大の決め手というのはなんだったんでしょう?

足立:2個あるかな。まずは中国ってところです。あと、誰もやってないから(笑)。

矢野:私、不安に思っても忘れちゃうほうなので(笑)。レアケースっていうことでお話をすると、こういう形でハイアリングっていうのはアメリカではよくあることかもしれないですけど、日本ではないのでちょっとやってみたいという好奇心、そして中国というわからないものに対する好奇心。嫌なことがあった時は「嫌です」って言って、それでリジェクトされたら辞めてしまえと思っていたので、その顛末をみんなが面白がってくれればいいかなというくらい。まったくの好奇心です。

足立:こういう事例が増えてくると、エンジニアのポジションが上がると思うんですよ。西海岸ではエンジニアのポジションはすごく高い。こういう事例で次につながってくる人が出てくるといいかなと思いますね。人柱が好きなんで、人柱になろうと(笑)。そういう風にエンジニアが金銭的な価値を生み出すという方法ができると、全体的に価値が上がるんじゃないかなと。会社のエンジニアに対する扱いが上がるといいかな、と思います。

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