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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第22回

才能を育てよう、小さな種がやがて大きな実をつけるまで

「花咲くいろは」の経営術【後編】

2011年11月12日 12時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

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職人を育てるのは農業だ

―― 今の日本の会社のあちこちで、“社員の疲弊”という現象が起きています。「現場熱」を作り、モチベーションを維持し続けるには、どんなところが肝だと思いますか?

堀川 僕はアニメーション業界しか知らないので、業界内を見てもヒント見つからなければ、他の業界はどうなのか、参考になる事例を探したりもするんですが、ちょっと特殊な業界なんでしょうね。

 たとえばIT業界なら、1~2年の短期間で大きな結果を求められる業種かもしれませんが、アニメーションの制作会社の場合、「職人」を育てなきゃいけない。しかも職人をひとり育てるのも、10年近くかかるものですから。

 新人にもチャンスを与えながら、一作品一作品をちゃんと作っていく。「会社としてここを目指していく」というビジョンは、5年くらいのスパンで見ていかないと実情とは合わないんですね。少なくともP.A.に関しては。アニメーション制作は労働集約的なので、職人をいっぱい育てるしかない。1年単位の短いスパンで大きな結果を追求するなら、職人によらない部分しかないですよ。デジタル化のような技術革新か、ビジネス構造か別のサービスか。職人に今以上の負荷がかかったら「作る喜び」の部分が折れてしまう。


―― 会社を見るのは5年スパンですか。そういえば、「会社として見たときに、10年目で見えることと、20年たって見えること、30年で考えることというのは全然違う」(記事前編)とのことでしたね。

堀川 30年だと全然見えないですね。今年の会社説明会で、アニメーター志望で見学に来た子から「20年後にはどうなっていますか」と質問されたけど、「そんな先は全然見えません、5年後のビジョンを提示するのがやっとです」という話はしたんですけれども。

 5年でこうなっていこうくらいのスパンが、わりと僕の適当なリズムに合っているんだなとときどき思います。

 他業種でよく言われるように、「来年こうなっていろ」「来年までにこれだけ売り上げろ」「3年後にはこれを5倍に増やせ」とか言われても、段階を踏まないとアニメ作りは難しいと思うんです。「3年後までにこうなっているか、会社がなくなるか」、とは僕もいいますけどね(笑)。現場の戦力を見ながらずっと綱渡りです。

 この業種は不思議なところがあって、アニメ作り自体は製造業ではあるんですが、興業とかお客さんにダイレクトに発信する部分はサービス業でもある。第1次、第2次、第3次産業の要素をすべて持っているようなところがあって、それぞれに異業種のやり方が参考にならないかなと思うところがあるんですね。

 だから僕は、アニメ業界の中で職人を育てるのは“農業”だと思うんです。


―― 農業ですか。

堀川 種まきをしているようなもんですよ、いつも。こつこつ、こつこつと。

 農業で言えば天災のように、自分の力ではどうしようもないようなものがあります。良くないことって、いっぱい起きるわけです。ガックリきちゃって、「なかなか育たないね」というときでも、そこであきらめずに育て続ける。いろいろなものを受けとめて、とにかく今の状況の中で、辛抱強く続けていくというのかな。僕は兼業農家だけど、人を育てるのは農家のおじさんの気分ですよ、どこまでも。

 僕が東京にいた頃、制作の仲間に「俺は狩猟民族だけど、君は農耕民族だよね」と言われたことがあって。確かにそうだなと。

 わりと東京は、狩猟民族のような攻め方なんですね。とにかく今、即戦力になる人間をいろいろなところから集めてきて、ぐっと組織化して作っていくという。

 地方の場合は、狩猟民族的な作り方じゃなくて、種をまいていれば、そのうち芽が出るだろうなみたいな、のんびりした物の見方ですね。東京だと、種をまいてもすぐに足が生えてよそへ流れていってしまう感覚があるけど、地方だと、実がなるまでじっくり一つのところで育てられる。職人を大勢育てるには適した環境だと思うんです。職人も一人前に実るまでの環境が大切ですよ。農業の土地改良の考え方を育成環境に置き換えると、会社は何ができるだろうなんて考えます。

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