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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第22回

才能を育てよう、小さな種がやがて大きな実をつけるまで

「花咲くいろは」の経営術【後編】

2011年11月12日 12時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

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湯涌温泉をモデルにした理由

―― 『花いろ』の舞台である「湯乃鷺温泉」のモデルは、石川県の湯涌温泉だそうですが、なぜ湯涌温泉を選んだのでしょうか。

堀川 舞台を石川県にしたいということは最初から考えていました。石川県の中で、金沢市内から能登のほうへあちこち見て回って。湯涌温泉は、僕が何年か前に一度行ったことがあってその雰囲気がとても良かったので、こういうこぢんまりした温泉街を舞台に作ったらどうだろうと思って、温泉旅館ものには決まったけれど、まだ舞台の候補が幾つかある中で、安藤真裕監督や脚本の岡田麿里さんといっしょに行ったんですね。


―― 「こぢんまりしたところ」は、どんなところが魅力だと思いましたか。

堀川 湯涌温泉には、喜翆荘のモデルになった場所に、今はもうなくなってしまったんですが、東洋一と言われたホテルがあって、その歴史も聞いてみたらとても面白かったし、今作では触れなかったけれども、竹久夢二が恋人と長逗留していたところでもあって、その資料なんかも調べていて、創作家にとって温泉長逗留と恋はロマンだよなと思って(笑)。

 作品の作り手としては、観光スポットとか名所として確立しているところよりは、あまり人の手が入っていない自然のたたずまいのほうが創作意欲をそそるんですね。地形の高低差とか、街並みというものが、長い歴史を積み重ねて自然に絵になっているような、そうした土地がいいなと。

 それと、石川県なら、本社のある富山から近いので何度でも足を運べるかなと。『花いろ』の物語では半年ぐらいの期間を描いていますけど、たとえば夏と冬では景色も全然違います。夏の山にはどんな植物や木があって、冬の川はどうなっているとか、実際に制作中もスタッフが何度も行って写真を撮っていました。


―― 堀川さんは、P.A.WORKSを富山に置いたわけですが、その土地ならではの良さはどんなところだと感じていますか。

堀川 僕の生まれは愛知なので、富山県や石川県の人が感じている地元北陸の良さをちゃんと理解しているかは自信がないんですね。外から来た僕が感じる良さで言えば、何でしょう、わけもなく個人的に“北陸の空気”みたいなものが肌に合うんですね。色のない冬の情景を見ても落ち着くというか、ストレスを感じないというか。逆に、東京に来ると落ち着かないんですよ。10年くらい住んでいましたから、西の方、(東京スタジオのある)小平とかは全然大丈夫なんですけど、だんだん都心に近くなってくると、阿佐ヶ谷までは大丈夫なんですが、中野を越えると何だかね、歩いていてもビルの路地裏でうずくまる自分の幻影が見えてしまう(笑)。田舎者だから陽が当たらないところは落ち着かないんです。

 人からは、北陸は大雪が降るし大変じゃないの、と言われたりもする。僕も愛知から来た人間なので、学生時代に引っ越してきた年は快晴がほとんどないし、冬に外に布団が干せないということにびっくりしたし。だけど、しっくりくるんですね。暗い曇天を見上げてると、「ここにキング・クリムゾンの“エピタフ”が流れてくれないかなあ……」なんて。

 普段あんまり活動的な人間ではないからかもしれない。冬は家にこもっちゃうんですね。大雪に向かってダイブしたのは一年目だけですよ。……そうそう、北陸はアニメーション作りに向いている土地だと思うんですよ。


―― 北陸がアニメーション作りに向いている?

堀川 アニメーション作りって、寒いところのほうが気質的に向いているんじゃないかなと。家にこもって、こつこつ手作業で何か作る職人というのが、北陸には合っている気がします。本社のある南砺市には彫刻の職人が集まっている町もあって。手工芸が発展しやすい土壌があるんだなと思います。

 ヨーロッパでも、東欧とかロシアの寒いところのほうが古くからアニメーションが作られてきましたし、アウトドアな環境よりも、冬は雪に閉ざされた家の中で、イメージを膨らませて、もの作りで自分を解放してやるような喜びがあるから、黙々と作り続けることに雪国は合うんじゃないかなと思うんですね。

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