「普通のBGMじゃつまらないから、シンセを置こうかと」
シンセなそば屋「電氣蕎麦」
ビオンボ堂の国枝さんをimplant4に残し、我々は最後の目的地、電氣蕎麦(でんきそば)に向かった。営業時間は夜の8時頃から明け方の3時頃までの夜間のみ。
このお店、コンセプトだけではなくまず外装がものすごい。そしてスチールの板をボルトで止めたような内装もまたすごい。すべて自作というのだから驚きだ。
「友達に大工がおって、半年くらいかかって。その椅子も作りましたよ」
そう語るは、店主の国分良介(こくぶ りょうすけ)さん38歳。ずっと蕎麦屋で働いていて、昔からこういうお店が持ちたかったんだそうだ。普通のBGMではつまらないからシンセサイザー。その発想が既にぶっとんでいる。
それにしてもシンセがすごい。「Mono/Poly」「ARP 2600」「QUADRA」(クアドラ)「AXXE」(アクシー)……ちょっとお客さん、ARPが3台もありますよ! ここから先は坂巻さんが興奮の面持ちで、言葉数の少ない店主を質問攻めにする。
※ KORG Mono/Poly(1981年発売) : 4基のVCOを搭載し、4VCOの贅沢なモノフォニックシンセ、もしくは4音ポリフォニック・シンセとして使える。強烈なクロスモジュレーション効果を生み出すのも特徴
※ ARP 2600(1971年発売) : セミモジュラータイプの中型シンセサイザー。パッチケーブルで自由な音作りができる
※ ARP QUADRA(1978年発売) :ARPの既存機種に近いモジュールを利用し、リードシンセ、ベースシンセ、ストリングスアンサンブル、ポリフォニックシンセと、4つのバリエーションを1台に集約したもの
※ ARP AXXE(1975年発売) : 「アクシー」と読む。1VCOの廉価版ODESSY的なポジションのモノフォニック・シンセ
―― ARP 2600、いいですねー。うらやましいです!
国分さん めちゃいいですよ。(本体に)スピーカー付いてますからね。あれだけ持って行って電源を挿せばそのまま音が出ますから。
―― これだけARPが揃っているのは初めて見ました。Mono/Polyもそうですけど、モジュレーション系の金属的な音のするシンセがお好きだったりするんですか?
国分さん そうでしょうね。moogは音が柔らかい楽器っぽい音がしますよね。
―― 演奏する感じの音ですよね。ところでこれはシーケンサーかアルペジエーターで鳴らしているんでしょうか?
国分さん 全部バラバラに音を作って、バラバラに鳴っているだけですね。それで少しづつ音がズレていくんです。普通の音楽をかけたくない。CDとかレコードとか。でもこの音が気持ち悪いと言って帰る人もいらっしゃいますよ。
それは無理もないかもしれない、と私は思った。店内BGMとして、“ピロピロピュワーンプシャー”的な音がずっと鳴り続けているのだから。でもシンセ好きにはこの音はたまらんですよ、ということで今度は私が質問にまわる。
―― それにしてもシンセ関係のお店が集まってるんですが、ご主人なぜここで始めたんでしょう?
国分さん この店を始めたのは3年前ですけど、たまたまですよ。周りにお店がないようなところでやってみたいなと思ったんです。周りにいっぱい店があったら目立たへんから。
―― ところでここ、どういうお客さんが来ます?
国分さん この辺、デザインの会社とかが多いので、そういう方もいらっしゃいます。普通に近所のじいちゃんばあちゃんが、蕎麦を食べに来ますね。
―― それはカッコイイ。ここでライブはやったりしないんですか?
国分さん 今度、4-Dの小西(健司)さんにやってもらいますよ。この店、ライブはたまにしかしないんですが。※
※ 2011年9月10日(土)に4-D mode1のライブが電氣蕎麦で行なわれる。ただしチケットはすでに完売。美味い蕎麦を食いながら聴くテクノのライブ。行ける人がうらやましい!
などと話しているうちに、待望のそばがやってきた! ズルズルズルっと、美味いっ! コルグのそば通、坂巻さんもやたらと感激している。本当に美味いのだ。シンセに導かれてやってきたけど、ここは隠れたそばの名店であった。
じゃあ、もうちょっと何か頂きましょうか、というところで時間切れ。日帰りの我々には新幹線の最終出発時刻が迫っていたのだった。30分しかいられなかったが、シンセの音とそばの味のインパクトは絶大だった。これはまた来ないといけない。まだバーのお酒飲んでないし。
★
というわけで、おそらく世界初の“大阪シンセ界レポート”は終了だ。
帰りしな、坂巻さんと「なんで大阪の人は好きなことやって楽しそうなんでしょうかねえ」という話になった。今回は特に、やりたいことを好きにやっているだけというお店ばかり。もちろんショバ代の安さもというのもあるかも知れないが、ただそれだけではないんじゃないか。
シンセをおしゃれなインスタレーションのアイテムとして扱うという(おしゃれな街にあって全然浮いてない!)発想の自由さもさる事ながら、実は今回の大阪取材で一番感心したのは、天満駅の路地裏にあるラブホテルの脇で、ボールを蹴って遊んでいる子供たちの姿だった。そうした光景は、今の東京ではなかなか見ることはできない。猥雑なものを隠蔽し、カオスだったものを整理して見せてしまい、経済と効率を金科玉条のように掲げた結果、ここにあるような大切なものを捨ててしまったのではないのか、東京よ。
などと、ついもっともらしいフレーズで締めたくなるほど、取材費で「やりたいことを好きにやっているだけ」という、後ろめたい気持ちでいっぱいなのだ、我々も。なので皆さんもぜひ天満橋・シンセ界を巡っていただき、楽しい思いをして頂きたいと願わずにはいられません。
著者紹介――四本淑三
1963年生まれ。高校時代にロッキング・オンで音楽ライターとしてデビューするも、音楽業界に疑問を感じてすぐ引退。現在はインターネット時代ならではの音楽シーンのあり方に興味を持ち、ガジェット音楽やボーカロイドシーンをフォローするフリーライター。
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