「盲腸の手術後、見舞い金でシンセを買いに」
古書店ビオンボ堂
大阪天満宮駅で降りた我々は、そのまま徒歩で南下をはじめた。最初の目的地はシンセの古本屋、ビオンボ堂だ。だが、その界隈はギャラリーが立ち並ぶオシャレな街で、とてもシンセの古本屋のような、ブラックホールじみたものがあるような気配はない。
到着した建物には表札が一応あったが、あまり目立たない。だが建物の中に入り、細い階段を上がっていくと、そこには確かに「ビオンボ堂」と書かれたドアがあり、そのドアのガラス越しに覗いてみると、本とシンセサイザーが置かれたジャパネスク調の、なんだか嘘のようなオシャレ空間が広がっていた。
そして店主の国枝久仁夫さんは、ちっとも怖そうな人じゃない! 気さくで親切な、当たり前の大人の男性であった。いやもう、シンセの長老みたいな人が出てきて説教されると思ったんですけど……。
「確かにブログを読むと世間をなめきったようなことが書いてあるんで。あははは」
そう笑っている国枝さんは1967年生まれで43歳。ソフトウェアエンジニアを退職して、今年の3月からビオンボ堂を始めたそうだ。シンセという括りの古本屋も他にないと思うが、さらに2000年以降の新しい本は置かないことにしているというのも珍しい。
「シンセの技術的進歩は、2004年頃までだろうなあと思ったんです。エンジンで言えばコルグの『TRITON Extreme』や、ローランドの『Fantom-X』、ヤマハの『MOTIF ES』くらいで頭打ちだろう、あとはコストやインターフェースになるんだろうなと考えて。情報も2000年以降はインターネットに移っている。それで2004年までの本を集めることにしたんです」
なるほど国枝さんの思いは深い。
そして古本屋なのに、それが当たり前のようにシンセの試奏ブースがあって、ここがまた濃い。さりげなく置かれている「minimoog」は、NHKのドキュメンタリー番組の音楽等を手がけている東 祥高(あずまよしたか)さんから譲り受けたもので、タンジェリン・ドリームのメンバーでもあったクリストファー・フランケのサイン入りという、由緒正しい物件だった。
ただ意外なことに、国枝さんはいわゆるアナログシンセのマニアではない。パラメーターの数が少なすぎて自分のイメージに合う音が作れないからだそうだ。それでヤマハ「DX7」以降のデジタルシンセや、コルグ「M1」以降のワークステーションが好きなのだという。
そこで我々はいきなり超レア物件を発見した。試奏ブースのモニタースピーカーがコルグ製だったのだ。「こんなのありましたっけ?」という私の疑問に答え、「これ、うちのカスタマーサポートが昔からずっと使ってるやつですね」と坂巻さん。
店主の記憶によれば、80年代前半にコルグ創業者の故・加藤 孟さんのインタビュー写真にこのモニターが映り込んでいたらしい。国枝さんのコルグ愛は相当なもので、子供の頃のあだ名も“コルグ国枝”。普段からコルグのTシャツまで着ていたらしい。さすがだ。
最初にシンセに興味を持ったのは小学6年の頃。友達のお兄さんが聴いていた冨田 勲版の「ダフニスとクロエ」がはじまりで、「一人で全部できるなら絵を描くように音楽が作れる」と思ったそうだ。最初のシンセは中学3年で買ったローランドの「SH-101」。盲腸の手術を受けて、お見舞いのお金が入ったので、退院して間もなく、まだ手術の傷がピリピリ痛むのに、お店に買いに行き箱を抱えて帰ったのだそうだ。
何度も言うが、さすがだ。
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