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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第69回

そば屋になぜかシンセが並ぶ、謎の大阪“シンセ界”をゆく

2011年08月27日 12時00分更新

文● 四本淑三

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「盲腸の手術後、見舞い金でシンセを買いに」
古書店ビオンボ堂

 大阪天満宮駅で降りた我々は、そのまま徒歩で南下をはじめた。最初の目的地はシンセの古本屋、ビオンボ堂だ。だが、その界隈はギャラリーが立ち並ぶオシャレな街で、とてもシンセの古本屋のような、ブラックホールじみたものがあるような気配はない。

ギャラリーが並ぶ界隈にシンセ古本屋が?

おしゃれカフェの町にシンセ古本屋なんて……

あった! 表札が小さいが、ここの3階らしい

 到着した建物には表札が一応あったが、あまり目立たない。だが建物の中に入り、細い階段を上がっていくと、そこには確かに「ビオンボ堂」と書かれたドアがあり、そのドアのガラス越しに覗いてみると、本とシンセサイザーが置かれたジャパネスク調の、なんだか嘘のようなオシャレ空間が広がっていた。

店内にはシンセ関連のほかにも変わった本がたくさん。「THE 霊柩車」という謎の本もあった

雑誌の棚には今はなき「TECHII」が! 表紙に登場するミュージシャンが当然ながら若くて面白い

極めつけの一冊、「ロック&キーボード シンセサイザー’79」(1979年エイプリル出版刊)。スティービー・ワンダーにクラウス・シュルツと音楽的には何の脈略もない組み合わせが素敵だ

 そして店主の国枝久仁夫さんは、ちっとも怖そうな人じゃない! 気さくで親切な、当たり前の大人の男性であった。いやもう、シンセの長老みたいな人が出てきて説教されると思ったんですけど……。

 「確かにブログを読むと世間をなめきったようなことが書いてあるんで。あははは」

 そう笑っている国枝さんは1967年生まれで43歳。ソフトウェアエンジニアを退職して、今年の3月からビオンボ堂を始めたそうだ。シンセという括りの古本屋も他にないと思うが、さらに2000年以降の新しい本は置かないことにしているというのも珍しい。

坂巻さんと話している、手前の男性が国枝さん

 「シンセの技術的進歩は、2004年頃までだろうなあと思ったんです。エンジンで言えばコルグの『TRITON Extreme』や、ローランドの『Fantom-X』、ヤマハの『MOTIF ES』くらいで頭打ちだろう、あとはコストやインターフェースになるんだろうなと考えて。情報も2000年以降はインターネットに移っている。それで2004年までの本を集めることにしたんです」

 なるほど国枝さんの思いは深い。

MS-20等の開発で有名なコルグ現取締役の三枝文夫さんの共著書「ミュージックシンセサイザー入門」(1977年オーム社刊)も!

本を開けば、モジュール型シンセや「minimoog」の図版が! 分かる人ならめくっているだけでテンションがメキメキ上がる

 そして古本屋なのに、それが当たり前のようにシンセの試奏ブースがあって、ここがまた濃い。さりげなく置かれている「minimoog」は、NHKのドキュメンタリー番組の音楽等を手がけている東 祥高(あずまよしたか)さんから譲り受けたもので、タンジェリン・ドリームのメンバーでもあったクリストファー・フランケのサイン入りという、由緒正しい物件だった。

 ただ意外なことに、国枝さんはいわゆるアナログシンセのマニアではない。パラメーターの数が少なすぎて自分のイメージに合う音が作れないからだそうだ。それでヤマハ「DX7」以降のデジタルシンセや、コルグ「M1」以降のワークステーションが好きなのだという。

クリストファー・フランケのサインが入った名機「minimoog」。もちろんこれも試奏できるのである

エンベロープ・カーブにしても、単純なADSRでは 物足りないというご主人。豊富にパラメーターの用意されたワークステーションがお気に入りのようで、試奏ブースにも「TRINITY plus」と 「TRITON STUDIO61」が置かれていた

 そこで我々はいきなり超レア物件を発見した。試奏ブースのモニタースピーカーがコルグ製だったのだ。「こんなのありましたっけ?」という私の疑問に答え、「これ、うちのカスタマーサポートが昔からずっと使ってるやつですね」と坂巻さん。

 店主の記憶によれば、80年代前半にコルグ創業者の故・加藤 孟さんのインタビュー写真にこのモニターが映り込んでいたらしい。国枝さんのコルグ愛は相当なもので、子供の頃のあだ名も“コルグ国枝”。普段からコルグのTシャツまで着ていたらしい。さすがだ。

こちらがコルグのモニタースピーカー「PM-15B」。国枝さんが坂巻さんに「御社のスピーカーです」と話していたのが印象的だった

某イベントで配られた激レア物件。グリコではありません、コルグです(非売品)

 最初にシンセに興味を持ったのは小学6年の頃。友達のお兄さんが聴いていた冨田 勲版の「ダフニスとクロエ」がはじまりで、「一人で全部できるなら絵を描くように音楽が作れる」と思ったそうだ。最初のシンセは中学3年で買ったローランドの「SH-101」。盲腸の手術を受けて、お見舞いのお金が入ったので、退院して間もなく、まだ手術の傷がピリピリ痛むのに、お店に買いに行き箱を抱えて帰ったのだそうだ。

 何度も言うが、さすがだ。

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