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山谷剛史の「中国IT小話」 第74回

中国の日系工場で企業ストライキを作り上げたテクノロジー

2010年06月29日 12時00分更新

文● 山谷剛史

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中国人の怒りを買うのは「不平等・不公平」

 筆者自身も中国に両足を突っ込んで以来、中国人との付き合いに事欠かなくなったが、誰が相手だろうと筆者が原因で相手が怒ることといえば、いの一番に不平等・不公平な扱いをナチュラルにしてしまったときである。

 日本人だからこの程度、中国人だからこの程度という態度や考えを表向きに見せれば、落ち込むことなく怒る中国人は多い。今回のストライキも、中国の自動車メーカーでは中の上の月収と知っている前提で「日本人従業員と中国人従業員で収入に50倍の差がある」という不平等から待遇改善を訴えた。

事件を扱う新聞。「日本人中国人、どちらも同額の報酬を」という部分を大きく書く

事件を扱う新聞。「日本人中国人、どちらも同額の報酬を」という部分を大きく書く

 その中には「日本人と中国人を同じ所得にしろ」(中国語で同工同酬。同じ職なら差別なき所得を)という訴えも当然あったわけだ。

 ホンダ側は、日本側の事情を知らない無茶な声(というとまた中国人に叱られるのだが)を受け入れることはなかったが、ある程度の賃上げ要求を受け入れた。

 さてストライキの労働者側のリーダーとなったのは、湖南省出身の譚国成氏(24歳)、つまり80后の若者である。団結した若き中国人労働者たちを率いて悪と戦ったということで、彼は早くも英雄視されている。


グループチャットが広げたストライキに波

携帯電話用QQの広告

携帯電話用QQの広告

 出稼ぎ労働者として、2007年に南海ホンダに入社した譚国成氏は、2年半働いた末に、重労働にも関わらず稼げず、何も学べなかったと悟った。そして彼は携帯電話のSMS(ショートメール)と、中国で人気のチャットソフト「QQ」(記事)をメインに使い、労働者同士の横の繋がりを作った。

 特にQQにおいてはグループチャット機能を使い、「罷工起義(本田)」というグループを構築し、労働者に参加を呼びかけた。3ヵ月間の準備期間の後、ストを決行。譚国成氏が「賃金が安い、仕事はできない!」と叫ぶと、一気にストライキの波は労働者全体に広がった。

 南海ホンダの労働者1900人中1700人が20代の80后だという。彼らの多くは田舎からの出稼ぎ労働者であり、お世辞にも高学歴とはいえないが、そんないい環境で育っていない彼らでもカラー液晶の携帯電話くらいは皆持っている。

大衆食堂の従業員でも当たり前のように携帯電話(山寨機)を持っている

大衆食堂の従業員でも当たり前のように携帯電話(山寨機)を持っている

中国最貧省貴州省の省都「貴陽」の山寨機マーケット

中国最貧省貴州省の省都「貴陽」の山寨機マーケット

 山寨機(記事)のおかげである。山寨機やほぼ同等な無名メーカーの携帯電話には、たいてい山寨機の母と言われる台湾Mediatek社による「MTK OS」がインストールされており、さらにそのOS用のQQがインストールされている。

 23日、QQのチャットグループ「罷工起義(本田)」は政府の強権発動により消えてしまった。QQはチャットソフトゆえに、利用者間のPCにログは残り、ネットでグループチャットのログは残らない。そのリアルタイムでの賃上げ要求ストライキへのモチベーションアップとなるシュプレヒコールは日本語版QQをインストールしたところで、もはや見ることができない。掲示板でももともと書いていないため、労働者のリアルタイムな声を見ることはできない。

 今回のホンダから始まった工場内ストライキによって、ITを利用して横の連帯を強め、賃上げ要求をする方法論が確立し、少しその気になって調べればゴネ方がわかるようになった。今後は中国のどの業界でも、IT製品が使える若き労働者が団結することにより、労働者の権利を訴えていくことだろう。

 一方で雇用者などは、中国工場の労働者が団結するのが心配ならば、忠実なるスタッフに、労働者内の内輪でのQQグループを捜す業務を与えて、ときどきチェック・監視させるのもいいかもしれない。

ニセiPhoneにもQQはインストールされている

ニセiPhoneにもQQはインストールされている

 中国発の山寨機は、すでに世界中の発展途上国に流通していて、少なくとも家族の大黒柱は誰もがカメラ付きケータイを持ち、ニュースが見れてメールが送れる時代がやってきている。

 敢えてベトナムだのバングラデシュだの脱中国工場を考えるならば、グループチャットが習慣化していない国の労働者がまだ扱いやすいかもしれない。


山谷剛史(やまやたけし)

著者近影

著者近影

フリーランスライター。中国などアジア地域を中心とした海外IT事情に強い。統計に頼らず現地人の目線で取材する手法で,一般ユーザーにもわかりやすいルポが好評。当サイト内で、ブログ「中国リアルIT事情」も絶賛更新中。最新著作は「新しい中国人~ネットで団結する若者たち」(ソフトバンク新書)

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