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無線LANのすべて 第3回

デジタル信号をアナログ信号に変換する仕組み

きっちり知りたい無線LANの変調技術の基礎

2009年09月17日 06時00分更新

文● 水野勝成

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位相で0/1を区別位相変調

 アナログの音は振幅変調や周波数変調と相性がよい。しかし、デジタルデータの場合には振幅変調や周波数変調ではデータの0/1をそれぞれ特定の音に置き換えて伝送しなければならないため、実用上取り扱いにくい場合がある。そこで、データによって搬送波の位相をずらして利用するのが「位相変調(PM:Phase Modulation、PSK:Phase Shift Keying)」で、デジタルデータととても相性がよい。そのため、無線LANを始め、無線を使うデータ通信の世界ではほぼ標準的な変調方法として使われている。

 位相とは、波の1つの周期の始まりを0°、終わりを360°と呼ぶ概念だ(図4)。これは、もっとも純粋な波である「サインカーブ(正弦波)」がひもでつないだボールを回転させたときのボールの高さをトレースした曲線であることに由来する。

図4 位相の概念

 ここで、円の右端にボールがある状態を0°として左回ししていくと、サインカーブのゼロのところから上がり始める瞬間が「0°」で、最高点を通って今度は下がって再びゼロになる点が「180°」である。そして、さらに下がって最下点を経由して、そこからまた上がり始めてゼロに戻るところが「360°」となる。つまり、この波の1周期が円の1回転に対応しているというわけだ。この波を角度として考える概念を、専門用語で「位相」と呼んでいる。

 位相変調は搬送波の周波数と振幅を一定にする代わりに、基準の位相から角度をずらした波形(図5)をいくつか用意して時間で切り替えることでデジタルデータを伝送する方式だ。

図5 「位相をずらす」とは?

PSKの基本形BPSK(Binary PSK)

 位相変調のもっとも基本的なものが「BPSK(Binary Phase Shift Keying)」と呼ばれる方式だ。BPSKでは、ビットの0/1に位相をずらした波形を2種類割り当てる(図6)。たとえば0度と180度、あるいは90度と270度のようにする。使用する位相が2種類だけなので、雑音に強いという長所がある。そのため、少容量ながらもデータを強固にかつ正確に送らなけれならないときに使われることが多い。

図6 位相変調(PSK)の概念

 特に伝送路の状態に応じて適切な通信速度に変えていくようなプロトコルを用いる場合は、初期のデータリンクを確立させるフェーズでは、このBPSKで通信を開始することが多い。

4値のPSKQPSK(4PSK)

 BPSKでは、2つの位相(2値)しか使わなかったが、使用する位相を4種類、たとえば0度、90度、180度、270度とすると、一度に2ビット(00、01、10、11)の状態を送ることができる(図7)。BPSKの2倍の伝送速度を実現できるわけだ。これが「QPSK(4PSK、Quadrature Phase Shift Keying)」である。

図7 QPSK(4PSK)

 位相のパターンをこのように増やす、つまり多相にすることで一度に送る状態を増やすことができる。もっとも、いくらでも位相のずれの種類を多くすればよいわけではない。位相のずれは図4を見てわかる通り、なかなかわかりにくい。基準の位相とどれだけずれているかを厳密に判断しなければ、データに誤りが生じてしまうことになる。無線の場合には環境によって、電波が複数の場所で反射して到来するマルチパスや雑音も多いので、位相のずれを正確に読めない可能性がある。よって、送信機も高出力にしなければならないというトレードオフが発生する。

 QPSKはBPSKよりも雑音に少しだけ弱いものの、2倍の情報量を送ることができて使い勝手がよいので、位相変調ではよく使われる方式である。実際に無線LANのIEEE802.11シリーズでは直前の状態との差分データを伝送するDQPSK(Differential QPSK)が使われている。

8値のPSK8PSK

 さらに位相のパターンを0度、45度、90度、135度、180度、225度、270度、315度のように8つに増やすと、一度に3ビット(000、001、010、011、100、101、110、111)の状態を送ることができる。これは、BPSKの3倍、QPSKの1.5倍の伝送速度だ。より大きな伝送容量を実現できるが、そのために雑音などの影響をかなり受けやすくなるので、誤り訂正の信号が付与されて使われることもある。

 位相のパターンだけを増やして伝送する方式はこの8PSKまでがおもに使われている。これ以上の伝送速度を使う場合には、あとで説明する直交振幅変調という、位相と振幅の両方を使って状態を表現してデータを送る変調方式が使われる。

(次ページ、「振幅と位相を組み合わせる直交振幅変調(QAM)」に続く)


 

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