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ワイヤレスジャパン 2009レポート 第7回

ウィルコムが目指す、もう一つの未来──喜久川社長が語る

2009年07月24日 12時00分更新

文● 山田道夫

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 ワイヤレスジャパンは展示以外にも、キャリアのトップなどが登場する有料のセミナー/コンファレンスに見どころが多い。

ウィルコム代表取締役社長の喜久川政樹氏

 ウィルコム代表取締役社長の喜久川政樹氏は、ワイヤレスジャパン 2009の基調講演「移動体通信ビジネスと端末開発の将来ビジョン」の中で、「ウィルコムが目指す、もうひとつの未来」と題して、すでに4月27日より東京の一部地域で限定試験サービスを開始している高速データ通信サービス「WILLCOM CORE XGP」や現在のPHSの取り組みについて講演を行った。


XGPのアドバンテージとPHSならではの取り組みについて

 講演の中で喜久川社長は、期待が集まる「WILLCOM CORE XGP」のアドバンテージと音声中心の現世代のPHSをどういう風に進めていくかを紹介した。

「XGPについてですがこの9月までに都内中心に基地局を300局まで増やします。さまざまな業界の方々にもうご利用いただいています。みなさまの評価はいろいろですが、我々の想定通りでワイヤレスの質としては非常に速い、10MBを越えるスピードがフィールドで出ているというのを評価いただいています」

 XGPについてはマスコミ関係者や一部法人がすでに利用し始めているとのこと。カタログスペックで20Mbpsをうたう同サービスだが、実測でも10数Mbpsの速度が出ているという。モバイルWiMAXとは異なり、XGPは上下対称型のサービスであり、アップロード速度については現状世界最速の部類であることも紹介された。「ウィルコムが考えていた通りのスペックが出ている」「ウィルコムが言っていた通り、結構速いじゃないか」と評価されていると喜久川氏も自信を示す。

※講演では、ASCII.jpの速報記事なども紹介された。下り10Mbpsを越えたという。


XGPが高速に通信できる理由

 なぜXGPが高速なのかについて喜久川社長は、「TDD」「スマートアンテナ」「256QAM」(変調方式)の3つのキーワードを挙げた。なお、ウィルコムでは256QAMはニゴロクアムと発音しているそうだ。

 TDD(Time Division Duplex:時分割複信)は、同じ周波数帯で送受信を高速に切り替えながら、擬似的に同時送受信を実現する方式。一般的な携帯電話で使われているFDD(Frequency Division Duplex:周波数分割複信)と比べて、海外で高速データ通信を行う時に有利な特徴を持っているという。それと関連するが、世界最大のマーケットと言われている中国と協調が取りやすい。中国では国策としてTDD方式を採用している。さらにTDD技術だからこそ、高速なワイヤレスでは必須のスマートアンテナとの親和性が高いという。

 TDD方式は周波数帯を時間で分割して、上り下りとも同じ周波数で通信するのが特徴だ。電波は限られた資源のため、ほとんどの場合、国が管理している。それを有効かつ高速化に利用できる方式である。

 逆に現在主流のFDD方式では、上り下りでまったく異なる周波数帯を使用する。そのため、広い周波数帯域が必要であり 省エネではない。これまでは、大きな周波数帯を割り当てなくてもなんとか運用できていたが、高速データ通信をやっていこうとすると、難しさが生じる。上りと下りで別の周波数帯を割り当てることに敷居の高い国もあるようだ。

 世界最大の移動体通信企業である中国移動通信は、すでに述べたように国策としてTDDを採用。この技術を使った第3世代携帯電話方式として中国独自の「TD-SCDMA」が推進されてきた。さらに、次世代の通信方式として中国独自の「TD-LTE」が検討されている。ウィルコムのパートナーである京セラらが開発したTDDのデータ通信方式「iBurst」は、世界12カ国で採用されており、周波数が限られた中で無線通信を行いやすい仕組みだからこそ、さらに8カ国でトライアル中だという。XGPという技術、その基礎となっているTDD方式、スマートアンテナの技術を世界のいろんな国と共用して広げていきたいと考えているという。


スマートアンテナと256QAMでさらに効率よく

 TDD技術を使えば「スマートアンテナ」も実現しやすくなる。スマートアンテナは、電波の飛んでいく方向を端末のある方向に絞る技術とのこと。一つの周波数帯で通信できるのは、基本は一人、または1電話機しかできない。電波を四方八方に飛ばすと、裏側とか横で電波が使えなくなってしまうという。電波を絞りこむのは今後のデータ通信で重要だという。電話機と基地局のアンテナ側が、つかみあっている電波の特性をみて絞り込んでくる。

 その際には基地局側で電波の特性を見て、どの位置に電話機があるのかを計算する。同じ周波数帯を使っていると計算が容易だが、上りと下りで異なった周波数を使うFDDでは伝送特性に違いが生じてしまい最適な出力パターンを精度良く求めるのが難しくなってしまう。

 スマートアンテナを活用してデータ通信を実現しているのは、世界でもウィルコムだけだが、256QAMという方式を入れて東京で展開しているエリアではその実力を発揮している。HSDPAなどの64QAMに比べると1.3倍のデータ転送効率を実現できる。

 256QAMは、デジタル変調方式の一つで、1信号あたりに載せられるbit数を増やせる。64QAMの1ビット1信号に対して、256QAMはその8倍だ。そのかわり品質が良い無線システムでないとエラーが起きやすい。「これまで移動体通信では実用困難なのではないか」と言われていたほどだ。

 実際の測定結果だが、ウィルコム本社のある虎ノ門の基地局から、400~500mほど離れたエリアまで256QAMで実際のデータ通信ができているという。500mというのは実用的な距離だという。


上下対称であることの利点

 UQコミュニケーションズが提供するモバイルWiMAXも、TDD技術だが256QAMを入れていないため、データダウンロードのスピードが絶対的に要求される。5~10MBのスピードを出すためにWiMAXは、上りの通信に割り当てている時間を1.7msに短くしてその分下りに3.3msと多く時間を割り当てている。ダウンロードの速度だけは確保しようというのが狙いだ。

 一方のウィルコムは、スマートアンテナと256QAMを取り入れることで、上りと下りに同じ2.5msずつを割り当てても十分な下りのスピードを確保できる。当然上りも速い。ウィルコムではこの上りの速さ、動画系をアップロードするようなアプリケーションをどんどん活用できるインフラにしていきたいと考えている。

 下りも上りも速い技術を実現したことに対して、喜久川氏は「いわゆるワイヤレスブロードバンドで卓越したパフォーマンスを実現できます。世界も目指していきたいと考えている次第です」と語った。

 XGPならではのアプリケーションとしては、通常のモバイルデータ通信だけではなく、固定ブロードバンド回線がわりに使う、高速なアップロード通信が求められる、固定カメラのアプリ、業務用の映像伝送、ハイビジョンの中継車といった用途も考えている。屋外のハイビジョンカメラから、生中継を行うといった活用ができる。業務用の先には家庭用があり、記録媒体なしにアップロードしていくアプリケーションなども考えられる。


都市部と地方で異なる展開を

 XGPのエリアは、基本的に山手線中心に作り上げている。

 また、山形県新庄市に基地局を1局設置してテストを実施している。大体、30mくらいの鉄塔を建て半径数kmをカバーするマクロセルの実験を実施中だという。半径2km離れた地点でも数Mbpsの通信速度が得られるという。密集した都心部ではネットワークをマイクロセルで構築し、ローカルエリア(郊外)ではマクロセルなどエリア特性にあわせた展開が可能だという。海外にこういった仕組みを持っていく場合、光ファイバーを敷設するよりもはるかに安い値段になる点も魅力だ。

※新庄市での実例と、2Mbpsを越えるエリアが紹介された。

 これはWiMAXでも同様だが、携帯電話の800MHz帯に比べて、2.5GHz帯は屋内に電波が届きにくい特性がある。こういった屋内浸透を良くするためのチューニングが重要だということで、その取り組みをやっているという。スマートアンテナについてもパラメータチューニング、品質(スループット)、速度の安定、高速エリアを現在やっているという。「もっとスピードがあがっていく、あるいは屋内浸透をもっと広げられるだろう」と喜久川氏は話す。


PHSの特性を生かした様々な取り組みの紹介

 ウィルコムは、モバイルのデータ通信の先駆者として既存のPHS網を音声定額にも活用してきた。講演では中低速のデータ通信や音声を今後どう活用していくのかについても触れられた。

 PHSには、携帯電話と異なる5つのキーワード「省電力、低電磁波、災害に強い、そういったものを活用した地上自治体との連携、若年層マーケットの開拓」があるという。

 PHSの省電力性、中低速のデータ通信を活用したソリューションということで、富士通と協力してセキュリティに非常に強いノートパソコンを実現した。個人情報保護法の施行などもあり、50%程度の会社がノートパソコンの持ち出しを禁止している。持ち出すためには、ハード的なセキュリティ、パスワードなどいろんなセキュリティ機能が組み込まれていることが条件となるが、使い勝手も悪いし情報漏洩対策としても十分とは言えなかった。

 そこで開発されたのが、PHSの省電力性を生かしたソリューションだ。ノートパソコンの電源が落ちた状態でも、内蔵したPHSモジュールは通電状態にして、常時待ち受けで遠隔操作できるようにした。これにより電源オフ状態でも、ユーザー側の操作によってHDD内の全データを消去できる。高速のデータ通信は必要ないけれども、常時つながっていて低消費電力で利用したいというPHSの特性を生かした格好だ。

 さらに、低電磁波についてはこれまでも紹介されてきたが、慶応大学病院、聖路加病院などさまざまな病院で使用されている。また、ヘルスマネージメントにも備えている。Windows Mobileのスマートフォンで吸い上げたデータを、データベースにアップロードして一括管理するシステムを開発している。これまでパソコンでしかできなかったことが、低電磁波なのでPHS内蔵のスマートフォンでもできる仕組みを提案していく。


低電磁波は、医療関係でも有利に

 同様にベッドサイド端末も検討を始めている。プリペイド式のテレビに変わるものを考えている。インターネットにたくさんあるコンテンツを画面に映し出して楽しめると共に、病院スタッフが患者のカルテ情報にアクセスして治療や投薬に生かしていくといったシステムを開発している。実現するためには、XGPが必要だろうということで共同開発している。さらに、低電磁波を生かした取り組みということで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の導入事例なども紹介された。強い電磁波を受けると影響を受けてしまう管制機器などがあるため、PHSを利用しているという。さらに、子供向けの端末ニコハートの提案も紹介された。


災害への強さも強調

 「災害に強いというのがPHSの特徴」ということで、たくさんのアンテナも用意した。PHSであればアンテナが1、2本倒れたり、災害時に電話が集中しても電話がかけられることが紹介された。地震時には携帯電話会社や固定電話会社で通話規制が行われたが、ウィルコムではまったく通話規制が行われなかったという。

 これ以外にも沖縄の金武町が音声端末を有線放送代わりに利用したり、セットトップボックスの提案を行うなどXGPを使ったローカルエリアでの実験も始まっている。都市部のインフラとしてのXGPだけではなく、ローカルエリアでも期待が高まっているという。

 喜久川氏は、最後に「XGPは新たに世の中に出したが、非常にいいものができあがった。これまでのPHSの良さ、消費電力が少ないとか低電磁波だとか良さをうまくミックスしまして、日本の中のユビキタス社会を実現してくと共に、XGPを中心とした国際への展開、海外でも使える仕組みを目指そうという仕組みを進めていきたい」と講演をまとめた。

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