クラウドコンピューティングやSaaSなど、新しいコンピューティングの最前線がWebの世界で進展する一方で、「時代遅れ」と言われて久しいメインフレームなどもまだまだ現役で活躍している。「ITは大きな曲がり角に来ているのではないか? このままで日本のITは大丈夫なのか?」――遠藤諭がガートナー ジャパン バイス プレジデントの亦賀忠明氏に聞いた。世界とニッポンが直面するITの最前線を全4回で掲載する。
突きつけられた言葉「ITなんて要らない」
――2005年の11月にメインフレームで動いていた東証のシステムがトラブルで取引停止を引き起こし、さまざまな報道がなされました。また、2007年の5月に京都銀行がメインフレームを全廃したことがニュースになっていました。
私はPCを主軸にコンピュータ業界を見てたわけですが、メインフレームがまだそんなに動いてること自体が驚きだったんですよ。1990年代にはすでにダウンサイジングという話がでていて、私の視点からすれば、業務用のコンピュータの世界にPCがどんどん進出していた。イメージとしては、もうとっくに入れ替わってるという認識でいたんです。
しかし、一方で調べてみると、メインフレームとUNIX系のサーバのシェアが逆転したのが2003年、PCサーバと入れ替わったのが2004年というようなデータさえあるのです。また、IBMはメインフレームである「System z」で結構稼いでいるという話も聞きます。
かつてメインフレームやオフコンの時代があり、それがネットワーク化して、分散化やオープン化を経て、1990年代にダウンサイジングやIT革命があって、最近ではSaaSやクラウドコンピューティングのようにコンピューティングの最前線がWebの世界に来ている。そのような時代にIBMがメインフレームで稼いでるというのは、違和感があるんですが、逆に言えば、そういうメインフレームやUNIX系サーバ、PCサーバといった括り自体が意味をなくすような、大きな曲がり角に来てるんじゃないかと思ったんです。
亦賀忠明氏(以下、亦賀氏):そのとおりです。メインフレームに関しては、大きな曲がり角に来ています。というよりは、時代そのものが変わってきています。コンピュータの世界では、クローズドのアーキテクチャであるメインフレームから“オープン化”の流れがずっと続いていましたが、我々としては2004年から“ポスト・オープン”の時代に入ったと言ってきました。ITやビジネスが抱える課題を解決するのに単純にオープンテクノロジーを採用すればハッピーになる時代ではないということです。
UNIXやウィンドウズNTも登場して、オープンの世界がグッと広がった結果、クローズドなアーキテクチャで作られていた企業システムがオープン技術を使って作られるようになりました。オープンの技術がどんどん多様化していった結果として、選択肢が増えたのはいいのですが、その一方で多様化しすぎてコントロールできなくなってきた。そのような技術を現場で実装しろと命令してもできないし、仮にできたとしても本来の目的であるビジネスのためになっているのか? という議論が必要でしょう、と。
――かつては、プロセッサもサーバもOSもアプリケーションも全部メーカーが持っていたから、メーカーがやってくれていた。しかし、オープン化して高度な技術が積み上がっていった現在は、混沌としていると。
亦賀氏:そのとおりです。それが問われたのは2001年のITバブル崩壊のときです。日本ではあまり議論されていなかったことですが、米国ではITバブル崩壊後「IT does not matter」ということが言われています。簡単に言えば、「ITなんて、ビジネスの成長に役立たないんだから、もう要らないんじゃないか?」という議論です。
ITバブルというのはものすごくて、1990年後半から株価が相当な勢いで膨らんでい言ったのが、2001年に突然大幅なマイナスになりました。投資家にしてみれば、「IT業界ふざけるな」という話になりますし、ビジネスの人たちも「そもそもITとは何だったのか?」ということで怒り始めるわけです。そこで、アメリカのIT業界は大反省をしました。それが2001年以降のITの基本的な流れになります。
――米国ではITバブル崩壊後、株価だけでなく、ITそのものに対する投資も下がったと。
亦賀氏:下がりました。単にITに関連したベンダーやインテグレータ、コンサルタントだけでなく、エンドユーザーの情報システム部門ですら生き残りに必死だった状況です。2001年から2002年ぐらいは業界全体で模索をしていました。突然「ITなんて要らない」っていわれたものですから、何をしていいかわからない。
そこでひとつの目的を定めました。それが「ビジネスIT」です。「ITをビジネスのために使っていこう」という。ハードやOS、ソフトと分けて話すのではなく、ITとしてどうやってビジネスに貢献するかという視点を彼らは手にしたわけです。そこからIT業界の紆余曲折や試行錯誤がはじまりますが、それがようやくここ5年くらいの話です。
その間にSOA(サービス指向アーキテクチャ)やSaaS(Software as a Service)といった新しいアーキテクチャやサービス指向の話が出てきました。要するにビジネスに使えればいいと。一連の流れから、システムを所有しなくても、使えればOKなんじゃないかという考えも一般的になってきたわけです。
その象徴的なもののひとつがサン・マイクロシステムズの「Project Blackbox」です。これは20フィートの輸送用コンテナの中に、サーバやストレージ、ネットワークスイッチなどが全部入っています。要はこれ1つがデータセンターなんです。中にどういったハードが入っているかではなく、データセンターとして提供する。
これは言ってみれば、必要なときに必要なサービスを提供する仕組みなんです。それがITインフラ全体の流れになってきている。そういう文脈の中で出てきた言葉が、「ユーティリティコンピューティング」や「オンデマンド」などです。アメリカではそういった議論がここ5年ほど続けられてきて、ようやく新しいステージに入れるのかな、といったところです。
――つまり、アメリカは5年前にもう曲がり角に来ていて、新しいITのキーワードを見つけ出した、と。でも、日本はその曲がり角を経験してませんよね。
亦賀氏:そうです。今からが曲がり角です。日本は本当のバブル崩壊で、IT投資どころではなかったから、ITバブルの崩壊を身をもって経験していません。