ITは一般汎用技術である。かつて動力源が「蒸気」から「電力」へと転換したように、ITは単なる情報通信技術の変化ではない。社会全体を変えるポテンシャルを持っている。しかし、日本はその価値を正しく評価し、応用できていない──。
そんな議論を前編と中編の2回にわたって見てきた。日本は単に米国に遅れを取っているだけでない。台頭するロシア、インド、アイルランド。ITは世界地図も変えた。
今後日本はどうしたらいいのだろう。後編では、世界の状況を整理しながら、日本の進むべき道について考えてみる。「大企業は消滅すればいい」「ベンチャーは育成するな」──そんな風に語る、野口悠紀雄氏の本意はなんだろうか。
日本のITは1周遅れている
── これから日本経済やITはどのようになっていくのでしょう?
野口 この本の最後の章では、グーグルとNTTのNGNを比較して議論しています。日本は、あいかわらず中央集権的な発想であるのに対して、グーグルに代表されるアメリカの企業は、新しい発想で動いていますね。
── 具体的な違いは本で読んでもらうとして、この違いはどうしたらいいんですか?
野口 いまのところ、日本の社会システムが大きく転換をするきざしは見えません。銀行についてみれば、いままで起こったことは、大規模化、大規模化。ひたすら大規模化を続けてきたわけです。「銀行が少数精鋭の組織になって、専門的な金融技術を追求し、投資銀行的な方向に進む」というような変化は、何も起こっていません。
── それが変わらない以上、ITも変わらないし、逆にITが変わらないと日本も変わらない。
野口 そういう感じがしますね。
── 日本生命が、かつては日本でいちばん大きな生命保険会社だったのに、外資系の保険会社に契約件数で抜かれてしまっている。私は、これはITが原因に違いないと思って、いろいろと聞いてみたのですよ。生命保険も、情報を扱うことがビジネスの根幹なので、システムの柔軟性の差が勝負になってきているのではないかと想像したわけです。ところが、話は、そんなに簡単なものではないと言われた。
日本の生命保険は、昔ながらの営業体制でやってきているわけですが、外資系は、もの凄く合理的にやっている。営業窓口も電話が中心だし、すべてコストで計算して判断する。いまの人たちは、お金もないし、おのずと合理的なほうに行く。そういう理由のほうが大きいと言うのですよ。これを変えるとしたら、いまのビジネスのやり方を変えない限りは、情報システムがどうこう以前の問題なのですよね。
野口 「ではどうしたらよいのか」ということですが、それに答えるのは大変難しいと考えざるをえない。その前に、いま何が起きているかを知っておくことが重要だと思います。グーグルに象徴されるような新しい動きは、日本では意識さえされていない面がある。
── いろいろと本も出ていますが、読んだけだけで終わっているきらいがある。いま日本の企業の経営者が捉えているITと、本来のITの間には大きな差があると思うのですよ。
ロシアなんかは、ソ連崩壊後は、むしろオープソン・ソースなどの環境が、有利に働いてきている。すでに、ソフトウェアの輸出額ではインドを超える成長率になっているといわれています。
凄く怖いのは、特にアメリカはもっと先にいっていることです。日本は一周遅れちゃっている。グーグルは、凄い巨大なサーバーを持っていて、ある種帝国的な存在になってきているけれど、彼らが商売のネタにしているのは、インターネットですよね。グーグルは、ネットやITを体現することで大きな強みを持っている。ところが、グーグルの商売の根幹を揺るがしかねない動きも出てきている。この本の中でも、Facebookなどの「データポータビリティ」という技術に触れています。また、グーグル自身も、クラウド・コンピューティングという新しいコンピューターの使い方を模索している。社会システムとITが対応しているんだとすると、ITが変わっていく以上、社会システムも変わっていくのではないですか?
