東大の坂村健教授が、『変われる国・日本へ/イノベート・ニッポン』(アスキー新書)を上梓した。そのキャッチコピーは「日本はありとあらゆるものを変える必要がある」と、いささか過激だ。
米国一辺倒のコンピュータの基本ソフトの世界にあって、世界で最も使われている組み込みOSである“TRON”を育てた人物は、いま日本のどこをどう変えよと言っているのか? アスキー取締役の遠藤諭が聞いた。

坂村 健(さかむら けん)
1951年東京都生まれ。東京大学大学院情報学環学際情報学府教授。工学博士。専攻はコンピュータ・アーキテクチャー(電脳建築学)。1984年からTRONプロジェクトのリーダーとして、まったく新しい概念によるコンピュータ体系を構築して世界の注目を集める。現在、TRONは世界でもっとも使われ、ユビキタスコンピューティング環境を実現する組込OSとなっている。
“イノベーション”と“技術革新”は似て非なるモノ

『変われる国・日本へ/イノベート・ニッポン』 著:坂村健 定価:本体720円+税
── この本を書かれた理由は?
【坂村氏】 “イノベーション”ということが世界的にも話題になっています。ところが、日本はイノベーションに慣れていないと思うのですよ。
なぜ慣れていないかについては本の中で詳しく書きましたが、そこで、イノベーションとは何なのかということをよく知る必要がある。英語の本当に難しいところは、日本語に対応するズバリの言葉というのがないことですよね。
── イノベーションは“技術革新”と訳されますが、そのままの意味ではない?
【坂村氏】 イノベーションという言葉は、100年くらい前に経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが作ったのですが、もともと、技術が中心ではなかった時代ですからね。例えば、革新的なこととして遠隔地貿易の例などが出てくるわけです。
もちろん、100年前にも技術はあったし、技術は、イノベーションの中でも代表的な部分ではあります。技術が重要ではないといっているわけではありません。しかし、日本の場合は、この言葉の原点に立ち帰ってから考える必要があるのではないでしょうか。
── “イノベーション”は、安倍内閣が政策として謳ったことで日本でも注目されていますが、“技術革新”として理解しているとあまり意味がない……。いつごろ、この訳語は与えられたのですかね。
【坂村氏】 昭和31年の『経済白書』の中だと言われています。
── 「もはや戦後ではない」という有名な言葉の出てくる『経済白書』ですね。その時は、日本は技術により利益を上げるしかないという気持ちが強かったということかもしれないですね。
【坂村氏】 “イノベーション”という言葉は、日本では割と最近に使われるようになったわけで、私もよく知らなかったので原点から当たろうと調べたら、50年も前からあった言葉なのですよ。しかも、日本の一般の理解は“技術革新”という訳語のせいでちょっとずれているんじゃないかと。
このイノベーションという言葉の意味を、皆再認識しておくべきだというのが、この本を書いた重要な理由の1つです。
そう思うのは、日本に技術力はすごくある。ところが、日本はその技術をどう使っていくのかとか、管理するとか、特許を取得するとか、それを利用することがうまくないんです。“テクノロジー・マネジメント”とか「マネジメント・オブ・テクノロジー」(MOT)という点では非常に遅れているといわざるを得ない。
── 技術の周りにあたる部分ですね。
【坂村氏】 そうです。例えば、iPodを見ても分かります。iPodは大成功していますけど、ハードウェアそのものを見たら日本のメーカーに作れないことはない。中のキーパーツは日本の得意なところです。
じゃ、なぜああいうものが日本で作れないのかというとiTunesとかiTunes Music Storeまで含めた大きな“仕組み”作りの差としかいいようがない。
── ソニーも松下もソニーもiPodより早くあの種のプレイヤーを発売しているんですよね。
【坂村氏】 仕組みを作るのも下手だし、例えば著作権に対する考え方などは、これは本に詳しく書きましたが、取り組みが甘い。
Gooを含む日本国内向けの検索エンジンもサーバーは日本に置いてないですよね。理由は何かといったら、知的所有権でもめごとを起こすのが嫌だから、カリフォルニアなどの外国に置いているわけです。YouTubeは日本人の利用が半分だなんて話もありますが、それではヘンでしょう。
── 企業人としてはなかなか冒険できない部分もあります。
【坂村氏】 やはりネットビジネスをメジャーな産業に持っていくとしたら、いろいろな制度を揃えていかない限り無理だということです。だから、そこを変えていかないといけない。
新時代のデジタル著作権について、日本の今の制度設計のコンセプトではどうしようもないところまで追い詰められているのに、その危機意識がぜんぜんない。
そうなると、米国から制度改正を強要されるとかの“黒船”を希望するしかなくなってしまって、結局いつまでたっても自分で“変われる国”になれないんです。それが歯がゆい。
(次ページに続く)
