アメリカの大手通信社AP(The Associated Press)に入社したばかりの22歳の新人記者が、3週間で解雇された。
理由は、学生時代のツイッター上の書き込みだった。
この記者はエミリー・ワイルダーさん。大学生だった当時、パレスチナを支援する活動で指導的な役割を担っていたとされる。
ワイルダーさんは4年前、ラズベガスのカジノ「サンズ」の経営者として知られるシェルドン・アデルソン氏を「ハダカデバネズミみたい」とこき下ろすツイートを投稿していた。
2021年1月に亡くなったアデルソン氏は、親イスラエルの姿勢や、トランプ前大統領をはじめとした政治家たちの大口献金者として知られていた。
書き込んだ本人にとってはすでに過去の書き込みだったかもしれないが、この投稿は検索され、掘り返され、ツイッターで拡散された。
5月29日付の米ニューヨーク・タイムズは、ワイルダーさんの投稿は政治家たちの注目も集めたと報じている。
こうした人物を雇うのは、イスラエルとパレスチナの紛争を正確に報道するべき通信社の能力を損なうとの批判も出た。
批判に押し負けたのか、AP通信は女性の解雇を決めた。ただ、AP側は、入社後のSNSへの書き込みが問題だったと主張しているという。
会社のSNS規定に違反?
ワイルダーさんは5月23日、ツイッター上に声明を投稿した。
声明によれば、ワイルダーさんは5月3日にAPに入社し、アリゾナの地方紙で勤務を始めた。「APで職を得たことを誇りに思っていた」とつづっていた。
しかしツイッターを中心に、「APが反イスラエル活動家を雇った」などとワイルダーさんの過去の書き込みを攻撃する動きが始まった。
有力上院議員らも、ワイルダーさんを批判する動きに加わった。
ワイルダーさん側の声明によれば、こうした動きが始まってから48時間以内に、APはワイルダーさんに解雇を伝えたという。
解雇の理由は、AP入社後のソーシャル・メディアへの投稿が社内の規定に違反したとされたが、具体的にどの投稿がどのように違反したのかについては、伝えられなかったという。
デジタル・パスト
会社の対応について、APの社内からも批判の声が上がった。
APは世界中に記者を配置しているが、ワイルダーさんがなぜ解雇されたのかについて、はっきりとした説明を求める公開書簡に100人以上の記者が氏名を書き込んでいる。
5月27日付のワシントン・ポストは「プロセスにミスがあったが、結果にはない」「正しい決断」とするAPの編集幹部の言葉を取り上げている。
ネット上の過去の書き込みに関して、英語圏にはデジタル・パスト(Digital Past)という言葉もある。
ツイッターやFacebookなどSNSへの投稿は、時間が経過しても残っていく。
たとえば、高校や大学時代に交際していた男女が、勢い余って2人の写真を公開したとする。
時間が経過し、カップルが別れ、投稿を削除したとしても、その写真はネット上のどこかに残るだろう。
このぐらいであれば、若気の至りとして笑い飛ばせるかもしれない。しかしワイルダーさんの場合、過去の投稿がGoogle検索で掘り出され、攻撃の材料にされた。
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