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「牛すじ」が膝の靭帯になると聞いて。コラーゲンじゃなく、移植の話だった

特集
未来を変える科学技術を追え!大学発の地味推しテック

膝は消耗品? すり減った組織は元に戻らない

 年のせいか、ちょっと長めに歩いたり、軽く走ったりすると、翌日に膝がミシミシ痛む。若い頃は平気だったのに、最近は階段の下りがつらい。原因は「膝の中の組織がすり減っているから」だ。しかも厄介なことに、一度すり減った膝の組織は、自然には元に戻らないと言われている。

 そんな中で耳にしたのが、「牛すじが膝の靭帯になる」という話。……はいはい、どうせ「コラーゲンが大事」系の健康トークでしょ、と思った人も多いはず。ところがこれ、サプリの話ではなく、ガチの移植医療の話である。

自分の体を切らない靭帯手術、その材料はウシの腱

 この技術を手がけているのが、早稲田大学発スタートアップのCoreTissue BioEngineering株式会社。同社は、ウシの腱(すじ)を原料にした、靭帯再建用の医療デバイスを開発している。対象は主に、スポーツで膝の靭帯を損傷したアスリートたち。スポーツニュースでよく見る、前十字靭帯断裂などに代表される大ケガだ。

 従来の靭帯再建手術では、患者自身の太ももや膝裏の腱を切り取って、代わりの靭帯として移植するのが一般的だった。これは治療のために別の場所を犠牲にするという、なかなかハードな方法。術後の痛みやリハビリ負担も大きい。

 そこで登場するのが、ウシの腱だ。「え、人間の体に動物のすじを?」と一瞬ひるむが、実はウシの組織は、人の体との相性が比較的よいことが知られている。

 ちなみに、この医療デバイスは「ウシの腱をそのまま移植する」ものではない。実際には、動物由来の細胞成分を取り除いた腱組織を加工し、体内に埋め込める“足場”として使う。手術後、この足場の中に患者自身の細胞が入り込み、時間をかけて自己組織へと置き換わっていく仕組みだ。いわば完成品の靭帯を入れるのではなく、靭帯が育つための骨組みを先に置くイメージに近い。

 しかも自分の体を切らなくて済むので、手術の侵襲は小さく、回復も早くなる可能性がある。アスリートにとっては、競技復帰までの時間が短くなるかもしれない、かなり切実なポイントだ。

ウシの腱から作成したグラフト(移植用の足場材)を体内に埋め込み、靭帯再生の足場として機能する

捨てられていた「すじ」が医療デバイスになるまで

 とはいえ、ここで引っかかる人もいるだろう。「でも、ブタやウシから取るって、かわいそうじゃない?」気持ちはわかる。だが現実を見ると、ブタやウシは食肉としてすでに大量に利用されている。その中で腱やすじ部分は、実はかなり廃棄されがちだ。おでんの牛すじはおいしいけれど、ロースやモモ肉に比べると消費量はごくわずか。つまりCoreTissueの技術は、「新たに命を使う」というより、捨てられていた部位を医療にアップサイクルする発想に近い。

 しかも、医療用途となれば付加価値は高い。食用では安価だった「すじ」が、命や競技人生を救う医療デバイスになれば、畜産農家の新たな収益源にもなり得る。実際、同社の取り組みには日本ハム株式会社も出資しているという。

 順調に開発が進めば、実用化は2028年ごろを見込む。「牛すじが膝になる」と聞くとにわかには信じがたいが、中身を知るとかなり理にかなっている。食と医療、スポーツと畜産。まったく別の世界が一本の“すじ”でつながろうとしている。

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