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低農薬、低肥料でも高い収穫量の次世代農業を 九州大学「SACMOTs」

連載
社会実装に向けた研究、技術 大学発スタートアップがつくる未来を知る

 石橋勇志教授率いる九州大学の作物学研究室は、100年以上の歴史を持つ国内有数の農業研究室だ。同研究室では「SACMOTs(サクモツ)」というチームを立ち上げ、研究シーズを活用したスタートアップ設立を進めている。今回は、農業に新しい革命をもたらす可能性を秘めた「SACMOTs」の取り組みを紹介する。

現在の農業課題解決を目指す新しい食料生産技術

「SACMOTs」は、九州大学作物学研究室の研究シーズを活用したスタートアップ設立を目指し、同研究室のOBOGが中心となって構成されたチーム。「低農薬」、「低肥料で高収量」、「高付加価値の食料生産技術」をテーマに、次世代農業技術の開発と事業化を進めている。

 その背景にあるのは、1960~1970年ごろに世界各地で起こった「緑の革命」だ。途上国を中心に行なわれた大規模な農業技術革新で、高収量品種の開発と大量の化学農薬と化学肥料の投入により、主食作物の収量が劇的に増加。第二次世界大戦後の世界的な食料不足を防ぐことになった。

 しかし、「緑の革命」による化学農薬と化学肥料の投入により地球環境は悪化。そのため世界各国で汚染物質の削減など、環境保全が急激に進められている状況だ。とはいえ、世界人口は増加し続けており、限られた土地で多くの食料を効率的に作る必要がある。

「SACMOTs」では、こうした現在の農業課題に対して、「低農薬」、「低肥料で高収量」、「高付加価値の食料生産技術」の開発を進め、「緑の革命2.0」の実現を目指している。

環境ストレスに耐性を持つ種を生み出す技術

「SACMOTs」の技術は大きく2つある。

 まずは「環境記憶種子」。これは高温下など環境ストレスがかかる条件でも、収穫量や品質を維持、または向上させられる種子を作る技術だ。種子の基となる第一世代に気温や水分制御など、特定の環境処理を施すことで、第一世代から生み出された第二世代種子には「第一世代が受けた環境処理」が記憶され、第一世代よりも環境ストレスに強く高品質かつ高収量になる――という仕組みだ。

「SACMOTs」の村上真哉代表によると、「人間で言うところの胎教といえば分かりやすいかもしれません。生まれる前に刺激を与えることで性質を変えるというもの。この技術を活用することで、例えば乾燥した土地や栄養の少ない土地でも収量や品質を維持できます」とのこと。例えば、高温下で環境記憶を実施した種と未実施と種を育てたところ、葉物野菜は従来以上の生育を見せ、米の場合は未熟粒の発生を抑えることができたという。

 昨今、夏前なのに猛暑日を記録するなど、気象の変化が問題になっている。環境が変わると作物への影響も大きくなるが、「環境記憶種子」を用いることで、気象変化への対策が可能になるだろう。また、収穫量が維持できれば、生産者は安定して出荷でき、計画的な運営が可能になる。「安定した収入が得られる」のであれば、事業としても成立し、従事者が増える可能性も考えられる。収穫量が維持できれば価格も安定し、消費する側にとってもプラスになる技術といえるだろう。

農薬の使用量削減につながる技術

「SACMOTs」のもう一つの技術が「葉面浸透剤材」を活用し、「有効成分の導入効率を高くする技術」だ。

 この「葉面浸透剤材」は、「キャリアDDS」という作物学研究室が独自開発した微粒子。農薬などの肥料に付与することで、植物に取り込まれやすく、分散性の高い複合体にするというものだ。

 農薬に「葉面浸透剤材」を付与することで、従来よりも少ない農薬量で高価を発揮させることが可能になる。例えば1.0%濃度(100倍に希釈)で使用する除草剤の場合。「葉面浸透剤材」を用いることで、除草剤の量を10分の1、つまり0.1%濃度でも1.0%濃度以上の効果を発揮することができるという。

 農薬の使用量を抑えることができれば、作物はもちろん、土地への影響も抑えることができる。また、ドローンを使用して散布する際に「農薬の搭載量を減らしてドローン稼働時間を伸ばす」ことにもつながる。

「葉面浸透剤材」は肥料や除草剤、アミノ酸や植物ホルモンでの効果が確認されており、殺菌剤や殺虫剤での効果も確認される予定。幅広いシーンでの活躍が想定されている。すでに実験に協力した企業やメーカーからは高評価を得ており、業界での注目度も高い。今後は国内はもちろん、グローバルスタンダードとなることも目指しており、「SACMOTs」が「緑の革命2.0」を実現させることを期待したい。

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