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潜熱利用サーマルマネージメントシステムで次世代のサーバー冷却を実現する 山形大学「鹿野研究室」

連載
社会実装に向けた研究、技術 大学発スタートアップがつくる未来を知る

 AI需要が高まる中、必要とされているのがCPUやGPUをより効果的、効率的に冷却するシステムだ。現在は一般的に「水冷システム」が利用されているが、より冷却効果が高いという「沸騰冷却式」というシステムが存在する。しかし、「沸騰冷却式」は課題も多く実用化のメドが経っていないのが現状だ。そんな中、 山形大学の鹿野一郎教授の生み出した「沸騰冷却式」が課題解決につながるとしている。

高効率ながらも制御が難しく、課題ばかりだった「沸騰冷却式」

 電子機器に求められる冷却機能は、高い冷却能力を持ちつつも、コンパクトで低電力であることが求められている。現在、一般的に「NVIDIA」などがGPUの冷却に導入している「水冷システム」は冷却液でCPUなど発熱している機器を冷やし、吸収した熱をラジエーターで放熱する仕組みだ。水冷式は従来の空冷式よりも効果的に冷却できる仕組みだが、高い冷却機能を生み出すにはポンプ、ラジエーター、そして熱交換器などの部品点数が多くなり、消費電力もアップするというデメリットがある。

 こうした課題を解決するために研究が進められているのが、山形大学の鹿野一郎教授が研究している「沸騰冷却式」だ。

「沸騰冷却式」は、冷媒をGPUやCPUの熱により沸騰させ、その際に生じる気化熱、いわゆる「蒸発潜熱」を利用して機器を冷やすシステム。冷やされた蒸気は液体となってポンプで回収され、再びGPUに送られる――という仕組みになっている。

 鹿野教授によると、「沸騰冷却式は水冷式と比較して冷媒の熱伝達率が約6倍あり、効果的に冷却することが可能」とのこと。しかし、「沸騰冷却式」では、冷媒を加熱した際に蒸気膜や蒸気泡が発生することが最大のネックとなっていた。発熱部に蒸気膜が発生すると、熱が冷媒にうまく伝わらなくなり、沸騰に十分な温度が得られなくなる。また、蒸気泡はラジエーターにたまると熱交換もスムーズに行なえない。これらの蒸気膜や蒸気泡の制御が難しいため、「沸騰冷却式」は実用化には至っていなかった。

独自のコア技術を用いることで蒸気泡や蒸気膜を制御

 鹿野教授はもともと「電圧によって液体の動きを制御する静電圧力技術」を研究しており、この分野ではトップランナーともいえる存在。そのため、同技術が「沸騰冷却式」に活用できるのではと考え、まずはプロジェクター用の沸騰冷却システムを試作したという。

 その結果、サイズは水冷式と同等でありながらも、水冷式の5倍以上という高い冷却能力を生み出し、さらに消費電力の削減を実現。また電子機器のショートリスクを極めて低くすることにも成功した。

 高性能な沸騰冷却システムを実現させたポイントが、鹿野教授が生み出した「沸騰式コールドプレート」だ。

 鹿野教授が研究していた「静電圧力技術」と「マイクロフィン」という微細構造を用いたプレートを使用することで、蒸気泡や蒸気膜を制御・破壊することに成功。その結果、従来の「プール沸騰(自然対流で沸騰させる方法)」では難しかった、冷媒への十分な熱量を吸収させることにも成功した。

 まだ試作段階とのことだが、次はサーバー用の冷却システムとして、プロジェクター用と同等の冷却能力や消費電力を維持しつつ、厚さ25ミリ以下というコンパクトなサイズにすることを目指しているという。この「潜熱利用サーマルマネージメントシステム」が実用化された場合、従来よりも液体の輸送量を小さくすることができるので、機器の消費電力を抑えることが可能になる。また、ポンプや液体タンクの小型化が可能なため、例えばこれまでは大規模だったデータセンターを小型化でき、従来よりも構築しやすくなる。

 特にサーバーはまだまだ今後の市場が大きく拡大することが見込まれており、冷却装置の市場は2029年には現在の3倍以上となる2兆円以上という規模になると予想される分析もある。また、「GX(グリーントランスフォーメーション:温室効果ガスの排出削減など環境へとの取り組みと経済成長の両立を目指すこと)」が重要となっているが、「沸騰冷却式」が普及することで電力消費が抑えられ、CO2の削減など環境問題の解決にもつながるだろう。

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