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新清士の「メタバース・プレゼンス」 第66回

有名人そっくり、増え続けるAI音声 “声の権利”どう守る

2024年06月03日 07時00分更新

文● 新清士 編集●ASCII

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人気声優・梶裕貴さん、自ら「音声AIプロジェクト」開始

 一方、日本では対称的な動きが出てきました。

 4月11日、人気声優の梶裕貴さんが自らの企画・プロデュースで「歌声合成プロジェクト【そよぎフラクタル】」を立ち上げ、自らの声を使った「歌声合成ソフト 梵そよぎ」の開発を発表。そのクラウドファンディングを開始しました。支援総額は、6月1日現在で3400万円を超え、当初目的の1000万円をすでに大きく上回っています。

 公開されているデモ映像では、梶さんの声でトレーニングされたAIが自然に歌う様子、太宰治の小説「人間失格」を朗読として読み上げている様子が紹介されています。いずれも非常に品質が高く、ちょっと聞いただけでは、AI音声だとは気がつけないのではないかというクオリティーが実現されています。今のところ、最も人気を集めているのは、「CeVIO AI梵そよぎトーク」が購入できる3万5000円のセットです。

 梶さんは音声生成AIの学習に利用されて、YouTube上で「本人の声で歌ってみた」として、いわゆる“AIカバー”を公開される被害にも合っている立場です。クラウドファンディングの開始にあたり、梶さんは「製品化に関して、正直、たくさん悩んだ」とするコメントも公開しました。「いまだに“声の権利”に関する法整備が手付かずな現状を鑑みると、今後どのような弊害が生じ得るのか、想像がつかない部分が大きかったからです」(コメントより)

 しかし、梶さんは「人間とAIとの共存」という立場を明確にします。

 「結果、“人間とAIとの共存”を本気で考えるなら──(略)その実現に向けての可能性を自ら狭めるようなことをしてはいけないのではないか、と思うようになりました。(略)リスクを背負ってでも、行動に起こす必要と価値があるのではないか、というか考えに至ったのです」(同)

5月27日に梶裕貴さんが公開したコメント Xへの投稿より

パブリシティ権によって「音声」の保護につながる?

 5月28日に内閣府が取りまとめた「AI時代の知的財産権検討会・中間とりまとめ」が政府決定として発表されました。それについて、漫画家でもある赤松健参議院議員が、「声優の『声』を保護できないか」という点についてXでコメントしました。

「声」の保護については、パブリシティ権による保護が考えられます。
パブリシティ権とは、芸能人など、ある人の名前や肖像などが「顧客を惹きつけて商売できる価値がある」場合、そういった価値を排他的に利用する権利をいい、判例で認められています。そして、名前や肖像のほか「声」についても、パブリシティ権が及ぶ場合があると考えられています。(ただし、前述した「作風」や「労力」は、当然パブリシティ権が及びません。)
また、人の社会的評価を下げるような態様で他人の外見や声を使って「無断でディープフェイクを拡散するような行為」は、名誉毀損罪にもなりえます。

法律による保護が難しい場合でも、契約や技術を活用して解決を図り、クリエイターの創作意欲が削がれないようにしていくことが大切だと述べられています。クリエイター側も、時には自分から「契約や技術を活用した方策」で対抗することを模索すべきです。(黙っていても守られないので)

(赤松議員の投稿より)

 梶さんの戦略は、今後、生成AIによる音声が広がることが確実な未来で、法的にも有利な環境を整え、契約や技術を活用することの1つの適切な戦略とも言えます。“公式”のAI音声を出すことによって、それ以外の梶裕貴さんの名前を冠した生成AIはすべて非公式のものであると区分できることで、法的な対処もしやすくなります。ユーザーにしても、高い品質の公式製品がリリースされると、非公式な製品を利用する価値は相対的に小さくなります。このプロジェクトの成功は、結果的に声優にとって、生成AI時代に新しい収益を獲得する選択肢を広げられる可能性があります。

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