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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第99回

〈前編〉ダンデライオン西川代表、Sansan西村GMに聞く

『THE FIRST SLAM DUNK』を手掛けたダンデライオン代表が語る「契約データベース」をアニメスタジオで導入した理由

2024年02月10日 15時00分更新

文● まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII

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リーガルテック導入でダンデライオンはどう変わったか?

まつもと ダンデライオンさんはContract Oneのシステムを早くから導入されて、法務担当以外も活用されているとうかがっています。

ダンデライオン西川 はい。Contract Oneのサービス開始後、一番乗りぐらいのタイミングで導入させていただきました。導入を決めた理由はやはりバックオフィスの業務改善です。

 新型コロナウイルスの感染拡大でテレワーク体制に入ったものの、どうしてもハンコをもらうためだけに出社する法務や総務の業務形態が課題になりました。対策としてDX化を進めようと課題を洗い出していくなかで、ハンコのほかに、キャビネット内の膨大な契約書もどうにかならんのかという話が持ち上がったこともあり、最終的にContract Oneを導入しました。

 契約書をダンボール箱に詰めて送付し、Sansanさんに全部取り込んでいただいてデータベース化してみてわかったのですが、やはり過去の契約の履歴管理ができるところはメリットです。

 また、弊社は取引先によっては紙で契約を締結するケースがまだ多いのですが、その場合はContract Oneの代行押印サービスを利用しています。DX化によって法務、総務の業務改善が図れたと思います。

 なお、先ほど西村さんがおっしゃっていた全社利用に関しては、まだ弊社では途上なのですが、最近実装された「名刺データの企業情報をクリックすると、それと紐づいている、締結した契約書に飛べる機能」が便利なので、機能単位での活用から始めて、将来的に全社利用に広げていこうと考えています。

まつもと 全社利用と言っても、3DCGのクリエイターさんが契約について事細かに見ることはまれだと思いますので、バックオフィスや営業の方、アカウントエグゼクティブの利用を想定している、と考えてよろしいですか?

ダンデライオン西川 アニメ業界の場合はそれに加えて、対外的なところを担うプロデューサーやマネジメントスタッフにも契約内容を把握する意識づけが必要だと思っています。

トラブルの多くは「そもそも契約締結できていない」ことが原因

まつもと 昨今、SNSを発火点にしたアニメ業界の口約束トラブルをよく見かけます。私も10年ほど前、アニメ業界にいたときにはいくつかのトラブルに巻き込まれましたし、大手の企業さんに思ってもみないような対応をされることがありました。

 契約は非常に重要ですが、当事者同士がそれをしっかり把握して行動しているかと言えば、ほど遠い状況だったなと感じています。契約上のトラブル回避も導入理由の1つではないかとも思いますので、公表できる範囲でおうかがいできればと。

 まずは西村さんに、コンテンツ業界全般にありがちなトラブルなどご存知でしたら教えていただきたいと思います。

Sansan西村 では、ダンデライオンさんのお話の前に、弊社で実施した「IPビジネスの契約実態調査」をご紹介します。IPに関わる方々にアンケート形式で調査したのですが、7割以上が実際に使用範囲の違反や権利超過といった契約違反によるトラブルを経験したと回答しています。

 また、契約を結んでいないことに起因するトラブルも6割以上が経験していました。フリーアンサーでいただいた回答によると、「契約の問題の影響を受け、平均37日ほどプロジェクトが遅延していること、費用についても平均値で約373万円のコスト増が発生してしまった」とのことです。

 我々が各社の法務の偉い方とお話しても、「そんなに問題はない」とご返答いただくことが多いのですが、実は現場では結構ヒヤリハットの事象が起きていた、ということが調査の結果、判明しました。

 コンテンツ業界は権利を扱うところなので、契約の期限や範囲についてのトラブルはみなさん身近に感じながら事業展開しているのだと捉えました。そして、業界の慣習として未だ口頭発注が残っていることを気にしている経営陣も少なくないと感じています。調査データは公開しているので、ぜひご参照いただければと思います。

Q 契約トラブルの経験はありますか(「IPビジネスの契約実態調査」より)

まつもと 西村さんのお話では、やはり「未だ残る口頭発注」が印象深かったと思うのですが、次は西川さんにおうかがいしましょう。実際に口頭発注によるトラブルを経験したことはありますか?

ダンデライオン西川 確かに、かつては口頭発注が慣習的に多かったですね。先ほど、まつもとさんがアニメーション業界に籍を置かれていたのは10年ほど前とおっしゃいましたが、私の体感では契約周りも10年ほど前から変わり始めたと思っています。

 そして下請け法の整備・推進もあってずいぶん状況は変わってきました。我々が業務をお願いする場合は、事前にNDAや基本契約、個別の発注書といった関係書類を締結いただくことを徹底するようにしています。

 ただ、現状で口頭契約がゼロになっているかというと、弊社でもお仕事を依頼いただくとき、スタート時点ではきちんと契約を結べていないケースが存在します。業務中に契約締結に至るケースはまだ良いのですが、場合によっては終わったあとに至ることもあります。それはこれまでの関係性のなかでクリアしてきたことではありますが、あまり良い慣習ではないと思っています。

 また、特にアニメーション業界は、小規模な制作会社さんやフリーランスの方が多い業態なので、こちらから契約書をお送りしても、その契約書の重要性をあまり感じられていなかったり、忙しくて手が回らなかったり、あるいは法務担当がおらず確認が後手に回ってしまうことがあります。さらにはバックデイトして契約を締結しなければならないとか、最悪の場合は締結に至らないというケースも存在します。

ダンデライオンの西川代表によると、アニメ業界では10年ほど前から契約周りの意識が変わり始めたという

まつもと アニメの場合、契約の主体が多岐におよぶので、どの人と契約を適切に結べていて、どの人とまだなのか、というステータスの管理も難しいですよね。プロデューサーは納期までに目指すクオリティーで納品することが第一目的になってしまう一方、では法務がプロジェクトの状況をプロデューサーレベルで把握しているかというとそうでもない。適切に契約状況を管理することは現実的に難しい性質のものであることは理解しています。

 しかし状況を管理できていないと、万が一事故が起こったときのデメリットが極めて大きいからこそ、Contract Oneのようなリーガルテックを導入したのだと想像します。実際に大きなトラブルに発展したような事例はありますか?

ダンデライオン西川 契約の中身に連動することとして挙げられるのは、受発注における金額ですね。案件や取引先を管理するシステムは、弊社ではSalesforceを利用しています。金額をベースにした受発注情報や数字を管理し、それと連動する形でContract One内の契約情報などが紐づきます。

 ですので、発注を予定しているもの、そして発注されたものについて契約書がきちんと締結されているかどうか、部署をまたいで追えるシステムになっています。そのなかでトラブルが起こりがちなのは、受託・委託に限らず、当初の予定よりも期間が延びたり、金額が膨らんだりするケースですね。

まつもと Salesforceまで導入しているアニメスタジオは結構レアでは? 取引先と情報連携させたうえで「発注書もSalesforceベースのものをください」という依頼もできるわけですよね。もしかして、3DCGを手掛けるアニメスタジオ全般で導入が進んでいるのですか?

ダンデライオン西川 自分の周りでは聞いたことがないですね。

まつもと 適切なITサービスを都度導入しつつ、かなりシステマティックに進めていることにも驚きました。

 それでも完成物の納期とコストはブレることがあるわけですよね。だからこそ契約が重要であるという理屈なのか、ブレてしまうからこそ“早い段階で契約の精度を上げて締結することが難しい”という話なのか……おそらくどちらにも転ぶ話だとは思うのですが。

ダンデライオン西川 両側面あると思います。契約で事前に期間や金額を決めて締結することはやはり重要なことだと認識していまして、「予定に沿って作品を作りましょう」がやはり大前提になるでしょう。

 結果、「その期間・工数・金額では収まらない」となったときに協議し、両者合意してさらなる契約も追加するという段取りはどのケースでもしっかり組むべきだろうと。ただ、アニメーション制作は締め切り間近にさまざまな物事がダイナミックに進むので、それを踏まえてどれぐらいきちんとできるかが重要だとも思っています。

後編はこちら

筆者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし(ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者)

 ITベンチャー・出版社・広告代理店、アニメ事業会社などを経て、現在フリージャーナリスト/コンテンツビジネスアナリスト。コンテンツビジネスでの経験を活かしながら、デジタルテクノロジーやアニメをはじめとするポップカルチャーコンテンツのトレンドや社会との関係をビジネスの視点からわかりやすく解き明かす。ASCII.jp・ITmedia・毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載。

 著書に『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレス)、「アニメビジエンス」(ジェンコ/メインライター)、『知的生産の技術とセンス』(マイナビ/@mehoriとの共著)など多数。また取材・執筆と並行して東京大学大学院情報学環社会情報学コース(後期博士課程)でデジタルコンテンツ・プラットフォームやメディアに関する研究を進めている。法政大学社会学部兼任講師・デジタルハリウッド大学院デジタルコンテンツマネジメント修士(プロデューサーコース)。公式サイト http://atsushi-matsumoto.jp/

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