本記事はソラコムが提供する「SORACOM公式ブログ」に掲載された「ラーメンWalkerキッチン×IoTの激闘を披露 知見・しくじりまで生々しく」を再編集したものです。
目次
ラーメン屋の課題を解決すべくラーメンWalkerキッチン×IoTで挑む来店状況、属性分析、行動把握、HACCP対応などの施策と結果
ソラカメの属性分析を阻む、現場ならではのいくつかの理由
ボタンデバイスのメニューを現地で変更 正の字からデジタルへ
現場でしか気づけなかったこと多数 でも一番手間だったカメラ画像の扱い
知見を発信し、ラーメン屋からも愛される存在へ
本記事は、ASCII.jp(株式会社角川アスキー総合研究所)に掲載された記事より転載/再編集したものです。
元記事:https://ascii.jp/elem/000/004/147/4147403/ 文:大谷イビサ
2023年7月6日に開催されたイベントのレポートです。
SORACOM Discovery 2023の2日目に開催された「実録!ラーメン店の現場DX、30日の挑戦」は、メディア連動型飲食店「ラーメンWalkerキッチン」を運営する角川アスキー総合研究所とIoTプラットフォームを手がけるソラコムが飲食店DXを試すというプロジェクトを振り返る。30日間という短い期間で、どこまで実現したのか? 現場とIT側のギャップはどう埋めたのか? 現場感満載のセッションの模様をレポートする。
ラーメン屋の課題を解決すべくラーメンWalkerキッチン×IoTで挑む
情熱とユーモアにあふれたオープニングムービーの後は、まず登壇した4人の自己紹介。角川アスキー総合研究所 取締役 吉川 栄治さんは、建築系大学院の修了後にシステム開発に従事し、ビッグデータの解析基盤の構築や設計に携わる。2000年からはメディア連動型飲食店であるラーメンWalkerキッチンの企画・運用に携わっており、飲食業界の課題解決にも積極的に携わっている。大谷が「ビッグデータとラーメン屋の落差がすごい(笑)」とチャチャを入れると、「弊社(角川アスキー総合研究所)って、そういう会社らしいですよ」と吉川も返す。
ラーメンWalkerキッチンのIoT化に尽力してくれたソラコム アライアンスマネージャー 高見 悠介さんはソラカメ(SORACOM Cloud Camera Services)の事業責任者を務めている。「15年近くSIerで働いていましたが、最後に赴任したインドネシアはムスリムの国で、とんこつラーメンが食べられなかったので、辞めてソラコムにジョインしました」とホントかウソかわからない自己紹介。とんこつ好きということで、やはり家系ラーメンを愛しているという。
もう一人は「三度の飯よりラーメンが好きなソリューションアーキテクト」である井出 尭夫さんだ。国内機械メーカーでロケットの設計開発に携わり、社内のIoTプラットフォームを開発したのち、ソラコムにジョインして、パートナーへの技術支援を行なっている。「以前働いていた会社が横浜にあったので、新杉田にある杉田屋が好き」とのことで、こちらも家系ファンだ。
さて、次に吉川さんが今回実験場となったラーメンWalkerキッチンの紹介。ラーメンWalkerは雑誌としてすでに15年にわたって全国のラーメン店を紹介し、フジテレビCSラーメンWalker TV2もすでに350話を超えている。諸説あるものの、全国にはラーメン屋が3万軒あり、「3年続けば名店」と言われるくらい激しい入れ替わりが起こっているため、メディアとしてつねに新しい店舗を紹介できるわけだ。
そんなラーメンメディアとしてのコネを活かしたメディア連動型店舗がラーメンWalkerキッチン。東所沢のサクラタウンに店を構え、3年間での累積出店店舗は19都道府県150店を超え、総来客数は16万7000人を超える。日本を代表する有名店主をスーパーバイザーとして招き、まさにここでしか食べられないようなプレミアムな一杯を食べられるのが、ラーメンWalkerキッチンだ。
出店する店主にとってみれば、スチームコンベクションオーブンや真空包装機など最新調理機器も揃えた魅力的な厨房でチャレンジングなラーメンを作れ、広さを活かした研修なども可能。客席バリエーションも豊富で、撮影スペースやサイネージやプロジェクターまで完備している。もちろん、メディアならではの店舗との連動企画も充実。「東所沢から歩いてたった10分。ぜひみなさん来ていただきたい」と吉川さんは紹介する。
来店状況、属性分析、行動把握、HACCP対応などの施策と結果
続いて吉川さんは数多くのラーメン屋を迎え入れてきたラーメンWalkerキッチンが考える現場DXについて4つのポイントで説明した。
1つ目は時間帯別の来店状況の把握。「長期であれば、材料を仕込んでいろいろできるのだが、出店期間が6日しかないと、お店の方もギリギリの在庫で管理する必要がある」とのことで、まずは廃棄食材をなくすこと。また、スタッフのシフトや情報発信のタイミングを把握するためにも、何時にどんなお客さまが来社するのかを知りたいという。
2つ目はお客さまの属性把握。「たとえば家系だったら男性が多いとか、子ども連れが多いなら、濃い味付けにしない方がいいかなとか、お客さまに合わせたメニュー設計や仕込みをやりたい」と吉川さんは説明。もちろん、そういったメニューを作るための店舗資材の最適化も重要だ。
3つ目はスタッフの行動把握。ラーメンWalkerキッチンでは、出店者ではなく、角川アスキー総合研究所のスタッフが接客を行なっているが、最適な提供を実現するためにスタッフの行動を分析したいというニーズがある。また、食材や調理器具、店舗資材をどこに置いたらよいかも最適化したいという。
4つ目はHACCP対応の効率化。HACCP(ハサップ)は厚生労働省が定めた衛生管理の手法で、これを実現するには冷蔵庫や冷凍庫の温度を定期的に記録しなければならない。今まで人手で行なった記録の作業を、自動化したいというのが、このHACCP対応の内容だ。
こうした要望をソラコムの2人に説明したのが、SORACOM Discovery 2023の約1ヶ月前。これに対してソラコムは優先度×実現性のマトリクスで実証実験の領域を選定。ラーメンWalkerキッチンに機材を設置して、検証を行なった。ソラコムの高見さんと井出さんは、実証実験の内容に加え、結果についても説明した。
属性分析はソラカメとボタンデバイスの2つを試した。「飲食店で投資可能な月額1万円」を目指し、ソラカメは券売機の前に設置。顧客の画像を取得し、AIで顧客属性を分析。結論としては、券売機上のソラカメでの検出率は17.5%で期待した水準には至らなかった。また、ボタンデバイスは店員がボタンを押すことで人数カウントと属性分析を行なう方法だが、こちらは正確で運用も実用的だったという。
続いて時間帯別の来店状況は、店内にソラカメを設置し、Amazon RekognitionやRekognition Videoを用いて、人数データを把握することにした。こちらも混雑時間帯と閑散時間帯の傾向は把握できた。ただ、小さく映ったり、画角からはみ出るため、正確な人数カウントには適さなかったという。
HACCP対応に関しては冷蔵庫内に温湿度センサーを設置。簡単に冷蔵庫・冷凍庫の温度をモニタリングできるようになったという。「冷蔵庫内にBLEセンサーを設置し、当初は届かないかもと思っていたが、きちんと通ってよかったなと」と井出さんは語る。
ソラカメの属性分析を阻む、現場ならではのいくつかの理由
ここまででおおむねセッションは半分の20分を経過し、残りは振り返りのフリートークになる。
まず検出率17.5%という結果に終わったソラコムの属性分析について。高見さんは、「当初はソラカメのモーション検知機能を使い、人が入った瞬間のイベントを切り出して、解析すれば一発クリアだろうと考えていた」と語る。
しかし、この予想は甘かった。というのも、エントランスがガラス張りでスケスケだったので、食券を買う人だけではなく、後ろの通行人まで検知してしまったからだ。このまま全数解析処理にかけてしまうと、クラウド側のコストが1800~2300ドル(月25~30万円)という膨大なコストがかかってしまうことがわかった。「飲食店のDXに月30万円くださいは非現実的なので、実装を見直した」と高見さん。
そこでこの属性分析に前処理を入れることにした。イベント検知時に顔を検出して、切り出して、さらに重複排除をかけた上で、Amazon Rekognitionに送り、静止画を解析する。これにより、2300ドルから85ドルまで下げられた。これなら月1万円弱なので、現実的な数字だ。
意気揚々と試してみたところ、またもや壁が立ちはだかった。顔がうまく検出できなかった。帽子やマスクで見えないのもあるが、なにしろ顔が見切れてしまうのだ。「前処理をちゃんとやった結果、かなり対象外になるという厳しい結果になった」と高見さんは振り返る。
この苦い結果の背景には、実はカメラの設置位置がある。当初、ソラコムがカメラの置き場所として提案したのは、顧客の胸くらいまで映る食券機の正面。しかし、30分後には食券機の背後に後退した。これはやはり食券機の正面にカメラを設置したときの、お客さまの心象に配慮したからにほかならない。クレジットカード決済も可能なので、番号が撮影されるのではという抵抗感も予想できた。
「そもそもAIでお客さまを検知するために飲食店を経営しているわけではない。やはりお客さまありきなので、心象に配慮すると、食券機の後ろになってしまった。これは現場に行かなければわからなかったこと」と高見さんは指摘する。一方で、スモールかつクイックに導入したからこそ、短期間でここまでの気づきを得たと言える。
吉川さんは、「当初の位置だと、カメラに撮られに来たのではないかくらい正面だった。コンビニのセルフレジだとカメラが正面にあるのは一般的ですが、ラーメン屋でこの位置はちょっと難しかった」と語る。さらに高見さんは、「背が低い女性でテストしなかったのも落ち度だった」と反省する。
ボタンデバイスのメニューを現地で変更 正の字からデジタルへ
続いてボタンデバイスについて担当の井出さんが紹介した。ボタンデバイスで対応したかったのは、来客顧客の属性分析、時間帯ごとの商品の販売数量、来客客数などを楽して数えること。カメラと違って、ボタンを押す必要があるが、とはいえ、ボタンを押すだけ。実際に製造業の事例では、マシンのエラー原因を現場の担当が押して知らせるという用途で使われている。
しかし、ラーメンWalkerキッチンにはさまざまな顧客が訪れる。吉川さんは、一般客、外国人客、サクラタウンに来るKADOKAWA社員、N高生の4種類の属性を男女それぞれでとりたいという話を井出さんにしたのだが、これを実現しようとすると、8つのボタンが必要になる。
結果、井出さんが選んだのがM5Stackという液晶付き画面デバイス。多少のプログラムが必要なのだが、SORACOMサイトのIoTレシピが使えるため、ほぼこれを流用することにした。打ち合わせの翌日にデバイスを購入して、ラーメンWalkerキッチン版を作成。「どんな人がなにを食べたかまでとろうとして画面のメニューまで作った」とのことで、機材設置の日に意気揚々と東所沢に乗り込んだ。
しかし、いざ現場に行くと予想外のことが発生した。最初に詰まったのは電源の確保。「M5Stackって電池でも駆動するが、あまりもたないので、電源をとることにしたけど、配線に困りました」(井出さん)。画面に関しても、吉川さんからいろいろツッコミが入り、井出さんが現地でメニューを変更した。これもあらかじめあとから設定変更を見越していたから実現できた。「結局、毎週メニューが変わるので、ボタンデバイスのメニューも毎週換えなければならないというのも気づきでした」と吉川さんは語る。
吉川さんの現場での気づき、そして井出さんの迅速な対応力により、結局4つのボタンデバイスでは8種類の属性をとることが可能になった。大谷は「あのとき休みの厨房でマシン開いてデバイスをさくっと直した井出さん、めちゃかっこよかった」と絶賛。吉川さんも、「今までスタッフはポストイットに正の字でカウントしていたので、人数、4つの属性と男女までわかり、タイムスタンプも送れるようになった。これは今まででは人手では絶対に無理だった」と高く評価した。
現場でしか気づけなかったこと多数 でも一番手間だったカメラ画像の扱い
気づきとしては、やはり現場でしか気づけなかったことが多かったということ。IoTレシピのように似たようなことをコピーするだけで、別の現場でも応用できる。「やっぱり現場に行った方がいい。ラーメン食べられるし(笑)」とは井出さんの弁だ。
たとえば、人数カウントのためのカメラの設置場所は、巨大ディスプレイの後ろの席がどうしても死角ができてしまうため、けっこう試行錯誤した。別の位置に設置し直したりしたが、結局ドアの上に戻った。「電源、ケーブル、美観、お客さまの心象など、いろいろな制約がある。吉川さんと相談して、ここですかねという位置を決めた」と高見さんは振り返る。
ボタンデバイスもソラカメを使った自動化の代替策として作ったものの、ホールスタッフさんも、この程度であれば扱う余力があったというのも気づきだった。「面倒くさがられるかなと思ったんですけど、スタッフも大学生ということで、この手のデバイスに全然抵抗感がない。すぐに慣れてくれて、便利がってくれた」と吉川さんは語る。
人数カウントや属性分析は、飲食店を悩ます締め作業の効率化にもプラスの影響を与えている。吉川さんは「売上と食券機の現金を突き合わせる締め作業で、今までは手書きの正の字を数えていたけど、ソラコムでデータに溜まるようになった。IoTって便利だなあと実感しました」とは振り返る。HACCP対応に関しても、冷蔵庫・冷凍庫の温度が自動で記録されるので、手間が省ける。「データをとることで、なぜ温度が上がったのか?に対して、開けっぱなしの時間が長かったのではと考えられるようになった」と吉川氏は分析した。
とはいえ、一番手間がかかったのはテクニカルな試行錯誤よりも、カメラ画像を利用するための個人情報の取り扱いについて。角川アスキー総合研究所がPマークを取得していることもあり、ソラコムと実証実験でデータを取得していることをどのように明示するかは相談を重ねた。「経産省から『カメラ利活用ガイドライン』が用意されており、飲食店や小売店でどのように画像を利活用したらよいかのガイドラインがあるので、ぜひ参照してもらいたい」と高見さんはアドバイスした。
知見を発信し、ラーメン屋からも愛される存在へ
最後のまとめとして、井出さんは「データはとれるのはわかった。ラーメン屋さんはこのデータが売上にどうやって貢献できるかを、考えるのに時間をとるべきだと思った」と語る。高見さんは「今回、1ヶ月で3回現場に行ったのですが、とにかくありものでもいいので、現場に持ち込んで高速にPDCA回すのが改めて重要だと気づいた」とコメント。また、「今回はソラカメでうまく検知できなかったけど、センサーでイベントをとれれば、もっとソラカメを活用できるのではないかという気づきも得られた」とのことで、今後の製品開発にも活かしていきたいと抱負を語った。
最後、吉川さんは「ボタンデバイスと人手で得たデータを、AIに食わせればもっと高い精度が得られるかも」「カメラで撮られるのイヤだろうなと考えがちだけど、撮られてメリットを得られる方法を考えるべきだ」「使ってこなかったデータも、AIに聞けば有用になるかもしれない。今までと違った可能性を感じた」と3つのポイントをコメント。今後はラーメンWalkerキッチンとしても、この知見を発信し、ラーメン屋さんからも、お客さんからもありがたがられる存在になっていきたいとまとめた。
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